福島のニュース

<あなたに伝えたい>大切な家族守り抜くからね

がれきから見つかった写真などの展示施設で働く登さん

◎気配り上手な母、働き者で穏やかな父/川口登さん(福島県相馬市)重雄さん、登喜代さんへ

 川口重雄さん=当時(83)=、登喜代さん=同(80)= 夫婦の2人は東京電力福島第1原発から約4キロ離れた福島県浪江町中浜の自宅に、長男の登さん(68)夫婦、孫1人と暮らし、農業を営んでいた。車で避難途中、津波に巻き込まれたとみられる。

 登さん 農家の長女だった母は20歳ごろに母親を亡くし、私にとって叔父に当たる、18歳下の実弟を苦労して育てました。気配り上手。親戚が集まると車いっぱいに野菜を持たせて見送っていましたね。
 国鉄勤めだった父は働き者で穏やか。農作業を巡って怒る母の言葉を、静かに受け流す。仲のいい「かかあ天下」の夫婦でした。
 東日本大震災時は畑仕事をしていました。急いで戻ると、2人は家で片付けの最中。避難を促したけれども頑固な母は動かず、私は先に自転車で逃げました。
 山の麓から振り返ると、押し波が見えました。無理にでも手を引いて一緒に逃げていればよかった。後悔は今も消えません。
 東京電力福島第1原発事故の影響で、捜索が始まったのは1カ月後。間もなく遺体は見つかったようですが、身元判明時点では火葬が済んでいました。原発事故がなければ遺体に会えたかもしれない。悔しい。
 私は福島市などへの避難を経て2013年12月、相馬市に家を建てました。今は、がれきから見つかった写真や位牌(いはい)などを展示する浪江町にある民間施設で働いています。思い出の品を見つけて感慨に浸る人を見ると、やりがいを感じます。
 じっち、ばっぱへ。2人が大切にしてきた家族は、私が長男として守り抜くからね。母がかわいがってくれた孫の一人で、私の次女三和子(33)は今年6月に結婚したよ。家族のこれからを見守っていてね。


2017年07月09日日曜日


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