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<仙台市長選>被災者襲う孤独 深刻

「入居したころは明るく、伸び伸び過ごせると思った」と丸山さん。窓から空は見えない

 23日投開票の仙台市長選は、東日本大震災からの復興完了に近づく東北最大都市の足元を見つめ直す機会でもある。震災後の混乱で忘れられていた課題、震災を経て生じた新たな問題の両方が、新市長を待ち受ける。「ポスト復興」を迎えた仙台の実情を探る。(5回続き)

◎「ポスト復興」の現実(1)ひずむ再建

<「すごく寂しい」>
 6月中旬のたそがれ時。仙台市太白区の災害公営住宅「あすと長町市営住宅」に1人で暮らす丸山房子さん(76)の脳裏を、「孤独死」の3文字がかすめた。
 「ものすごく寂しくて、生きる気力がなくなった」。この日、珍しく家に閉じこもり、誰とも会っていないことに気付いた。
 入居して2年余。太白区の自宅アパートが東日本大震災で大規模半壊し、みなし仮設住宅を経て、たどり着いたついのすみかだ。
 地域の見守り巡回は定期的にやって来る。集会所で催しがあれば顔を出す。それでも「何かあったとき、誰もいないのは怖い」。ため息をついた。
 昨年3月、庭先で転び、左すねを骨折した。リウマチを患い、両膝は人工関節で2年前から車いす生活。1人では起き上がれず、はって戻ると、手は血だらけだった。
 南と東の隣接地で進む2棟の高層マンション建設工事が、憂鬱(ゆううつ)に追い打ちをかける。日差しが遮られ、騒音が頭に突き刺さる。苦情を訴えても、市は「受忍の限度内」とつれない。
 「『落ちこぼれ』を拾ってこそ、復興は少しずつ前に進むはずなのに」。太陽が見えない窓に向かって独りごちた。

<「区切り」本当か>
 4月、奥山恵美子市長の引退表明会見。震災復興は「被災者の生活再建が一つの区切りを迎えた」と強調した。奥山氏は、市の震災復興計画(2011〜15年度)を「おおむね達成」と自負する。
 事実、今年3月末までに市内のプレハブ仮設住宅は解体され、全ての市内被災者が定住先を確保した。災害公営住宅整備や防災集団移転促進事業も終わった。
 本当に「区切りを迎えた」のか。「被災者が暮らしの再建を実感できているかが大事。被災者の声を聞かず、復興にめどがついたとは言えない」。災害公営住宅でコミュニティー支援に取り組む東北工大の新井信幸准教授(建築計画)は指摘する。

<話し相手おらず>
 新井准教授の研究室が16年秋、あすと長町地区の災害公営住宅3カ所で実施した調査では、「日常的に会話する相手がいない」と答えた入居者が41.8%に上った。「孤立すると心身の衰えが早まり、周辺とのトラブルや、時には自死にもつながる。入居者の不安を払拭(ふっしょく)し、希望をつくれるようにすべきだ」。新井准教授は言う。
 市内の災害公営住宅で誰にもみとられずに亡くなった「孤独死」は、これまで6人を数える。仙台は新たな復興段階にある。(小沢一成)


2017年07月17日月曜日


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