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<平昌への道>32歳加藤 復活期す

フォームを確かめる加藤。集大成のシーズンへ、順調にトレーニングを積んでいる

 2010年バンクーバー冬季五輪スピードスケート男子500メートル銅メダルの加藤条治(32)が、平昌五輪で復活を期す。山形中央高卒業後、14年間所属した日本電産サンキョーを退社し、自ら退路を断った。けがを乗り越え、集大成のシーズンに備える。

 長野市エムウエーブのトレーニングルーム。「くあー」というあえぎ声が響く。145キロのバーベルを上げること10回。表情がゆがむ。
 今月末の氷上練習開始を前に、体づくりは大詰めを迎えている。2月の昨季終了直後からウエートトレーニングに重点を置き、筋肉を増やした。体重は3キロ増の68キロ。「今のところ計画通り。もう少し筋肉を付けたい」と笑みを見せる。
 3月、「一歩踏み出し、挑戦したかった」と、監督を兼務していた日本電産サンキョーを辞めた。収入は途絶え、貯金を切り崩しての生活。「辞めたからには結果を出さないといけない。崖っぷちだが充実している」。自分を追い込み、モチベーションにつなげる。
 14年ソチ五輪で5位に沈んだ後は、けがに泣かされた。1年間の休養を経て復帰した15年に右膝を痛める。さらに左膝も痛め、シーズン後半戦を欠場。昨季は10月の全日本距離別選手権15位と振るわず、ワールドカップ(W杯)前半戦の代表から漏れた。後半戦では世界距離別選手権8位とやや盛り返したが、全盛期には遠かった。
 2年間、オフシーズンに十分な練習が積めず、一時は62キロまで体重が落ちた。「右膝は完全に治ることはないが、気にせず付き合えている」と言う程まで回復した。ようやく納得のいくトレーニングを積める喜びをかみしめている。
 6位に終わった06年トリノ、バンクーバー、ソチと3度、金メダルを期待され、いずれも届かなかった。「経験を積んできた。今からスケート人生のピークを迎えることは可能」。32歳のベテランになっても、みなぎる自信に変わりはない。(佐藤夏樹)


2017年07月19日水曜日


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