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<311次世代塾>第4回講座

戸倉小の児童たちが避難した五十鈴神社の入り口に立つ石碑。津波は標高23メートルのここまで達し「地震があったら、この地よりも高いところへ逃げること」と教訓を刻んでいる=2012年11月11日、宮城県南三陸町

 東日本大震災の伝承と防災啓発の担い手育成を目指す「311『伝える/備える』次世代塾」の第4回講座が15日、仙台市宮城野区の東北福祉大仙台駅東口キャンパスであった。テーマは「避難の明暗」。今回と次回の2回にわたり、犠牲を回避した現場と多数出た現場を取り上げる。今回は、震災時に宮城県南三陸町戸倉小校長だった富谷市東向陽台小校長の麻生川敦さん(60)と、同町生涯学習課長の三浦勝美さん(56)が当時の体験を語り教訓を訴えた。

◎状況に応じた選択を
 元宮城県南三陸町戸倉小校長 麻生川敦さん(60)

 あの日午後3時少し前、全校で近くの宇津野高台に避難した。「校舎3階に避難すれば安全」といわれていた学校より高い所だ。点呼を終え「大丈夫だろう」と安心したが、20分余りたつと津波が押し寄せた。
 建物が次々のみこまれ、再避難を指示。さらに上の神社に避難した。間もなく校舎と高台が水没した。
 学校の避難マニュアルは校舎屋上と宇津野高台の2カ所とも避難先にしていた。津波は地震後5分で来るとされ、私はすぐ避難できる屋上を提案したが、地元出身の先生方が神社にも逃げられる高台が安全と訴え、結論が出なかったためだ。中途半端な内容にも思えた一方、避難先をどうするかは日常の話題になった。2年間協議を続けるうち、職員全体の意識が高まった。
 災害には状況に応じた判断が大事。マニュアルには選択の余地を残し、想定外への覚悟が必要だ。ベストを求めると難しい。ベターな判断で行動してほしい。


◎集団心理の怖さ知る
 宮城県南三陸町生涯学習課長 三浦勝美さん(55)

 南三陸町防災対策庁舎の屋上から津波に流された。何度も水を飲み、もう駄目だと思った。偶然流れてきた畳につかまり、公立志津川病院に飛び移って九死に一生を得た。
 地震発生から津波襲来まで50分あった。この間、避難の指示は自分には届かず、私も周囲に「逃げよう」とは言えなかった。集団心理の怖さだと思う。ここまで津波は来ないという思い込みや「防災対策庁舎は安全」との過信もあった。
 一番のショックは多くの同僚を失ったこと。流されて助かったのは自分だけと知り、がくぜんとした。希望の見えない毎日で、車で1人になると泣き続けた。
 遺族の苦しみはそれ以上だ。6年たって多くは気丈に振る舞っているが、悲しみは消えない。皆さんは、家族のためにも命を大事にしてほしい。
 各地で災害が相次いでいる。集団心理の危うさを肝に銘じ、最悪を想定し声を上げる勇気を持ってほしい。


◎受講生の声

<判断の重み実感>
 宮崎県出身で震災は経験していません。2人の壮絶な体験を聞き、命を左右する避難の判断の重みを感じました。将来の夢は教員です。子どもの命を守るため、自分に何ができるのか考えていきます。(仙台市宮城野区・宮城教育大3年・吉川奈穂さん・21歳)

<臨機応変さ大切>
 過去の経験、言い伝えを信じ込む危うさや「みんな一緒だから大丈夫」と楽観視してしまう集団心理の怖さを知りました。過信は避難を難しくします。完璧な判断より、臨機応変に行動することが重要だと思いました。(塩釜市・東北福祉大3年・大槻あすみさん・21歳)

<思い込みは危険>
 防災マニュアルを完璧と思い込み過ぎないことが大切だと気付かされました。日頃から話し合い、常に見直す姿勢が、有事の際の臨機応変な判断につながることを学びました。防災以外でも言えることだと思います。(仙台市泉区・公務員・高橋遼介さん・22歳)

<メ モ> 「次世代塾」は、河北新報社などが大学生らを対象に企画した年15回の無料講座。次回は8月5日。連絡先は同社防災・教育室=メール=jisedai@po.kahoku.co.jp
 運営する「311次世代塾推進協議会」の構成団体は次の通り。河北新報社、東北福祉大、仙台市、東北大、宮城教育大、東北学院大、東北工業大、宮城学院女子大、尚絅学院大、学都仙台コンソーシアム、日本損害保険協会、みちのく創生支援機構


2017年07月21日金曜日


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