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<ユアスタ仙台>誕生20年 「劇場型」迫力のプレー

J1仙台監督時代、ホーム神戸戦でゴールを決めたマルコス(右)をたたえる清水さん=02年3月31日
開設20周年を迎えたユアスタ仙台。宮城県のサッカー文化の発信地となっている=17日
ユアスタ仙台といえばこれ。リーグ戦勝利を仙台イレブンと共に喜ぶサポーター=6月4日、甲府戦
<覇気>芸術的なボレーシュートを決める仙台・クリスラン(左)。Jリーグ公式戦が常時開催され、国内最高レベルのプレーが繰り広げられている=5月28日

 仙台市のユアテックスタジアム仙台(ユアスタ仙台)が、ことしで開設20周年を迎えた。J1仙台のホーム戦をはじめ、サッカーの国際試合や各種大会、ラグビーなどで利用され、スポーツの拠点施設として市民から愛され続けてきた。証言や写真で、これまでの歩みを振り返る。(スポーツ部・佐々木貴、狭間優作)

 ユアスタ仙台の歴史は1997年6月1日、J1仙台の前身で旧JFL(ジャパン・フットボールリーグ)に所属していたブランメル仙台と本田技研の試合で幕を開けた。正式名称は「仙台スタジアム」。ユアテックが2006年3月に命名権を取得し「ユアスタ」が愛称となった。
 95年7月に着工し、総工費は約130億円。仙台市地下鉄南北線の泉中央駅から徒歩4分とアクセスは良好で、ピッチと観客席の距離が近く、迫力あるプレーが楽しめる。緑豊かな七北田公園内に位置し、環境面も充実している。仙台が誇るスタジアムで、宮城県のサッカー文化の発信地として大きな役割を果たしてきた。
 香川真司(ドルトムント、FCみやぎ出身)、本田圭佑(パチューカ)ら後にスターとなる選手が集った「仙台カップ国際ユース大会」や13年のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)など国際大会も開かれた。
 サッカーだけではない。ラグビー、トップリーグのオールスター戦や、アメリカンフットボールの学生対抗戦の開催実績もある。
 11年3月、東日本大震災が起きた際には、支援物資の収集基地にもなった。仙台サポーター有志の呼び掛けに応じ、仙台市民だけでなく全国のJ1サポーターから飲料水や下着などの支援物資が寄せられた。駆け付けたサポーター延べ約300人が2日間で仕分けし、被害の大きかった石巻市などに送り届けた。
 今年2月にはJリーグのスマートスタジアム事業の第1号に選ばれた。定員約2万人が同時に動画を視聴できる公衆無線LAN「VEGALTA FREE Wi−Fi(ワイファイ)」の無料サービスなどIT化が進み、さまざまな形で観戦を楽しめるようになった。これからも仙台市民だけでなく、スポーツを愛する宮城県民をますます魅了するスタジアムであり続けるに違いない。

<ユアテックスタジアム仙台>サッカー、ラグビー、アメリカンフットボール専用の競技場として仙台市が建設。収容観客席は1万9694席。鉄筋4階建てで、延べ床面積は2万8193平方メートル。昨年12月、ピッチの状態が最も優秀なJリーグのベストピッチ賞を初めて受賞した。

◎今も特別な場所/元J1仙台監督 清水秀彦さん/チームの歩み、スタジアムとともに

 「今もユアスタ仙台は特別な場所」。元J1仙台監督の清水秀彦さん(62)は言う。1999年7月、J2最下位に甘んじていた仙台の監督に就任し、2001年にJ1初昇格を決めた。あの熱気を忘れてはいない。
 「J2にあんなに立派なスタジアムを持つチームはなかった。J1仕様の施設がふさわしいチームになろうと思った」と懐かしげに話す。ピッチと観客席の距離が近く、声援もやじもよく聞こえた。「まさに『劇場型スタジアム』」
 監督就任当初の夢は、スタジアムをベガルタカラー一色に染めること。「プロは結果が全て」。J1の強豪、横浜Mなどで監督を務めた手腕を発揮。選手たちにプロ意識を注入し、真摯(しんし)にサッカーに取り組む姿勢を求めた。
 「ホーム戦の観客数は01年にJ1昇格が現実味を帯びると一気に増え、満員が普通になった。サポーターと共に戦えるスタジアムがあったからこそ、J1に上がれた」と実感を込める。
 02年3月、記念すべきJ1初戦はホーム東京V戦。「オープニングゲームで敗れ、選手が自信をなくさなければいいが…」という懸念は杞憂(きゆう)に終わった。1−0。歴史的勝利の歓喜にスタジアムは揺れていた。
 勢いに乗って開幕5連勝と白星街道をまい進したが、選手層が厚いチームではない。主力にけが人が出始めると、順位は下降線をたどる。1年目は残留したが、2年目のシーズン途中に清水さんは解任され、チームも降格が決まった。「夢のような日々」は幕を閉じた。
 当時の在仙プロスポーツ球団はサッカーだけ。清水さんは東北、宮城に初めてプロスポーツの熱気と厳しさを教えてくれた。J1仙台の歩みは、ユアスタ仙台の歴史に重なる。
 「何年かに一度は優勝争いをする強いチームになってほしい。ここから先が大切」と清水さん。厳しくも温かいまなざしで、J1仙台とユアスタ仙台を見守っている。

<しみず・ひでひこ>現役時代はMF。法大卒業後、77年に日産自動車(現横浜M)入りし、88年に現役引退。福岡、京都などの監督を経て99年に仙台監督に就任、03年シーズン途中まで指揮を執った。東京都出身。


2017年07月21日金曜日


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