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<原発被災地の行方>商店再開も先見えず

昨年再開した店舗で商品の自転車の手入れをする田河さん=福島県浪江町

◎福島 遠いにぎわい(中)消えた顧客

<売り上げ5台>
 自転車3台とバイクが2台。この半年ほどの売り上げだ。東京電力福島第1原発事故前には自転車だけで30〜40台さばけていた。
 「売れたといっても定価の半額。在庫処分みたいなもんだよ」。福島県浪江町で自転車店を営む田河一良さん(78)が淡々と語る。
 全域が避難地域となった町は今春、帰還困難区域を除いて避難指示が解除された。田河さんは一足早く自宅に戻り、昨年11月に再び看板を掲げた。
 商売の厳しさは覚悟していた。帰還住民は一部に限られ、多くを高齢世帯が占める。通勤通学の足を求める若年世代は避難先への定住が進む。
 「町内の同業者も廃業するようだ。俺も80歳になったら店を畳むよ」

<定住者は1割>
 解除地域の小売業は苦戦を強いられている。福島県商工会連合会によると、被災12市町村の地元で再開したのは約2割の124事業者(今年6月20日時点)にとどまる。
 地元での事業再開を後押ししようと、県は2016年から店舗改修費などの4分の3を補助している。だが、初期投資を軽減できたとしても、地域住民を失った痛手は大きい。
 避難指示が昨年6月に解除された福島県葛尾村。松本久芳さん(67)は今春、「マルイチ商店」をオープンさせた。生鮮品や日用品を扱う村内唯一の小売店だ。以前の店舗を取り壊し、規模を3分の1に縮小して再起を図った。
 店内を訪れる買い物客は朝夕に5人程度。日中の来店はほとんどない。村の定住者は約150人と、原発事故前の1割程度に落ち込んだのが響いている。
 村に戻るまでは隣接自治体に置かれた仮設住宅で仮店舗を運営していた。松本さんは「なじみの客も顔を出してくれていた。当時の方がにぎやかだった」とため息交じりに話す。

<大胆な施策を>
 福島県内で今年、被災7市町村が割り増し商品券の発行を計画している。消費を域内で完結させる試みだが、使用店舗の選択肢が狭ければ需要の創出効果は限られてしまう。
 日用品すら入手できない地域のままでは、住民の帰還は進まない。一方、定住人口が伸びなければ商業者は再投資に踏み切れない。両すくみの中で、商業関係者の焦りは募るばかりだ。
 浪江町商工会の原田雄一会長は「被災地にとって小売業は福祉サービスのようなもの。公費で赤字を穴埋めするなど大胆な施策がなければ、商業再生と住民帰還はおぼつかない」と力を込める。


2017年07月21日金曜日


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