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<あなたに伝えたい>孫の作文に賞 遺影ほほ笑む

昭雄さんが最期まで持っていた携帯電話を手にする寿美江さん。「壊れていますけど、お守り代わりです」=宮城県七ケ浜町

◎宿泊客に「お父さん」と慕われていた夫/星寿美江さん(宮城県七ヶ浜町)昭雄さんへ

 星昭雄さん=当時(70)= 宮城県七ケ浜町菖蒲田浜地区で、妻の寿美江さん(69)と民宿「星彩」を営んでいた。東日本大震災の発生後、寿美江さんと避難したが、ストーブを取りに引き返した。民宿は跡形もなく流され、昭雄さんは翌月、遺体で見つかった。

 寿美江さん 民宿は海の近くにありました。大きな揺れの後、近くの高台にある長女宅に一緒に避難しました。雪が降ってきて、夫は「ストーブを取ってくる」と言いだしました。引き留めたのですが、行ってしまった。
 その後、夫に会った人がいます。「波来るから逃げろ」と声を掛けると「後から行くから」と答えたそうです。遺体は震災から28日目、内陸部の農業ハウスで見つかりました。家の中に入った後、家ごと流されたのかもしれません。
 夫はかつて遠洋漁業の船に乗り、無線を担当していました。電気に詳しかったので、民宿に長く宿泊していた工事関係の方々から「お父さん」と呼ばれ、好かれていました。
 そうした以前のお客さんが被災地に駆け付けてくれました。岡山県倉敷市から食べ物やガソリンを持ってきてくれた男性たちもいました。「お父さん、亡くなったんですね」と皆、涙を流してくれました。
 孫が遊びに来ると、鉄棒の逆上がりを教えたり、一輪車に乗せたりして、かわいがっていました。おじいちゃんの思い出を書いた孫の作文が震災後、賞をもらったんです。きっと、喜んでいると思う。
 民宿と自宅を津波で失いました。仮設住宅を経て、町内の高台に新居を構え、母と暮らしています。仏壇に置いてある夫の遺影の表情が最近、にこっとしているように見えます。私たちの生活ぶりを見て、安心しているんでしょう。


2017年07月30日日曜日


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