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二度の大地震から再起の窯 34年の歴史に幕「断腸の思い。家族と周囲に感謝したい」

作品を整理する小柳さん。傍らには活躍した当時の写真や賞状が飾られている

 宮城県栗原市の陶芸家小柳陶峯(とうほう)さん(84)が栗駒山の麓に構えていた栗駒焼大渓窯(だいけいがま)が、34年の歴史に幕を下ろした。2008年の岩手・宮城内陸地震と11年の東日本大震災で窯が崩れ、後にがんを発症。そのたびに再起して創作を続けたが、大災害に伴う観光客の減少などから窯を閉める決断をした。小柳さんは「断腸の思いだが、これが現実。支えてくれた家族と周囲に感謝したい」と言う。
 小柳さんは東京都出身。栗駒山の石の質感に魅了されて1973年に旧宮城県栗駒町に移住し、83年に大渓窯を開いた。キャリアを重ね、由緒ある国際陶芸展で銀賞に輝いたり、裏千家東京道場から抹茶茶わんの制作を依頼されたりした。
 だが「内陸地震後、いろいろなものが崩れた」(小柳さん)。窯の崩壊によるストレスで通院を余儀なくされた上、2010年に修復した窯が震災で再び全壊。程なくして直腸がんが見つかった。素焼き用のガス窯で新作を手掛けたが、観光客の減少や得意先の高齢化の影響で売り上げが回復しなかった。
 それでも当初は陶芸家として生涯を終えるつもりだった。しかし今春、10年近く仕送りを続けてくれた娘2人に「無理をしないでね」と諭された。脊髄に難病がある妻安子さん(77)の介護も頭をかすめた。悩んだ末、6月中旬、男泣きしながら窯の看板を下げた。
 「私一人なら職人の生き方を貫いてもいい。だが、支えてくれた安子を見守らないで創作を続けるのはひきょうだと思った。未練はあるが、家族と添い遂げられればそれでいい」とかみしめるように話す。
 先日、生活保護を申請した。作品の販売や譲渡はもうしないという。小柳さんは「地震に対していろいろな感情があるが、『運』として受け止めたい。今後は妻と穏やかに暮らしながら趣味として陶芸と向き合う。機会があれば後進に技術を伝えたい」と語る。


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2017年08月02日水曜日


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