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「大熊ナシ」復活 志半ば 福島から千葉移住の農家男性 古里思い最後まで作業

典子さん(左)と一緒にナシの摘花作業に当たる関本さん。「地道な作業を続けると、おいしいナシができる」と話し、自ら実践していた=4月23日、千葉県香取市
大熊町にある先祖伝来のナシ畑で幹に抱き付く関本さん。「樹齢100年の老木だって、ちゃんと実を付ける」。故郷への愛着は強かった=6月19日
東北楽天の選手に声援を送る関本さんの家族。「お父さんもどこかで見ているかも」=10日、仙台市宮城野区のKoboパーク宮城
亡くなった関本さんの遺影を持つ典子さん=10日、仙台市宮城野区のコボパーク宮城

 東京電力福島第1原発事故で被災し、福島県大熊町から千葉県に移ってナシの栽培に取り組んでいた関本信行さん(55)が今月3日、病気のため亡くなった。東日本大震災から11日で6年5カ月。昔からの産地として知られた町内約40軒のナシ農家のうち、栽培再開にこぎ着けたのは関本さんだけだったが、この秋の収穫はかなわなかった。
 関本さんは大熊町で100年以上続いたナシ農家の4代目。福島第1原発が立地する町は事故後、全住民が町外への避難を強いられた。自宅から原発までわずか5キロの関本さんは、知人を頼って家族と共に福島県只見町へ避難した。
 避難後は大熊町に戻ることをほぼ諦め、東電との補償交渉を進めながら、新たな土地での再出発を目指した。その様子は本紙で2011〜12年に掲載された「再起へ 被災地便り」で紹介されている。
 念願かなって千葉県香取市に移り住み、「フルーツガーデン関本」を開設したのは12年12月。
 今年4月に取材で訪れた際には、白くかれんな花が咲く果樹園で「うちのナシは、どこで作ったとしてもメイド・イン・大熊」と誇らしげに話していた。
 関本さんはプロ野球東北楽天の大ファンで、Koboパーク宮城(仙台市宮城野区)で10日に試合を見ることになっていた。残念ながら来ることはできなかったが、本人の遺志で妻の典子さん(46)と3人の子どもが観戦した。
 理不尽な原発事故に見舞われても関本さんは苦難に立ち向かい、古里のナシを必死に取り戻そうとした。典子さんによると、今年5月に体調を崩したが、家族が勧めても診察を拒み、黙々とナシ畑の作業をこなしていたという。(写真部・川村公俊)


2017年08月11日金曜日


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