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<丸森再耕>緩くつながり盛り返し

学生が起業の現場を体験するツアー。仕掛け人の高瀬さん(中央)も移住者だ=丸森町舘矢間の「はるはなファーム」

 福島県と境を接する丸森町は、東京電力福島第1原発事故に伴い、県内で最も深刻な放射能被害を受けた。原発事故前は移住者が多く、地方創生を先取りする動きが活発だったが、進行していた人口減と過疎に原発事故が追い打ちを掛けた。事故を乗り越えようと、再生を模索する丸森の歩みを追う。(角田支局・会田正宣)

◎原発事故を超えて/移住(下)受け入れ体制

 「誰でもできることは、みんなが取り組む。個性を持たないと生き残れない」。丸森町舘矢間の農業生産法人「はるはなファーム」の鈴木学社長(49)が6月中旬、研修で訪れた東北大生に経営戦略を語った。
 滋賀県出身の鈴木社長は1999年に移住した。花の苗など少量多品種を生産し、市場に依存しない契約栽培中心の販売で年間約6000万円を売り上げる。
 研修を企画したのは町の「移住・定住サポートセンター」。将来の移住を見据え、学生や若者に地域での起業に関心を高めてもらう「ローカルベンチャーツアー」だ。農業や訪日外国人旅行者(インバウンド)誘客ビジネスなどのコースを設け、2016年度から5回、計45人が参加した。
 ツアーを立案した地域おこし協力隊員、高瀬絵梨香さん(25)=鹿角市出身=は「すぐに移住に結びつかなくても、丸森と関わり、緩くつながる人を増やしたい」と強調する。
<寛容さアピール>
 高瀬さんは仙台市で大学生だったとき、東日本大震災に遭遇。東松島市でがれき撤去などのボランティアに携わった。
 「東北再生にはビジネス感覚が必要」と考え、首都圏に就職した。不動産の営業を経験し、Jターンで16年7月に町に移住した。
 高瀬さんは「自分のようなよそ者にも居心地のよい対応をしてくれる。寛容な地域性をアピールしたい」と意気込む。
 町の移住政策の要であるセンターは16年度、子育て定住推進課に設置された。今年4月に阿武隈急行丸森駅に移り、相談業務やPR事業を本格化させている。
 同課の佐藤弘課長(57)は「子育てのしやすさ、東京や仙台への交通の利便性など多様な特性を発信する」と言う。
 原発事故で足踏みしていた移住者は、町が統計を取り始めた15年度に26人、16年度は43人と少しずつ盛り返してきた。子育て世代、喫茶店主らさまざまだ。

<町の「胆力」鍵に>
 地方創生で全国の自治体が移住に取り組む中、移住が進む自治体と、そうでない自治体の差が開いている。かつて移住者が多い町として注目された丸森町が、原発事故によるイメージダウンを超え、今後も移住者を引きつけていけるか。
 環境に優しいライフスタイルを特集する月刊誌「ソトコト」の指出(さしで)一正編集長(47)は「若い世代がまちづくりに関わる余地の大きい地域に移住者が集まっている」と分析する。
 福島県内の移住者も取材する指出編集長は、エールを送る。
 「課題から逃げずに前向きに生きる住民の目の輝きを見て、その地域に入る若者が少なくない。順風満帆でなくても、胆力ある町が若者を魅了する」


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2017年08月19日土曜日


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