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<災を忘れず>死者199人 世界最大級の山岳遭難 遺品が語る冬山の惨劇

館内には当時の軍服や帽子などの装備品が展示されている

 地震や風水害などの天災、戦争や市街地の火事といった人災。生死を左右しかねない惨事の発生は人々に大きな衝撃を与えるが、その爪痕や傷痕が歳月の中で癒えるにつれ、風化は進む。「大切な記憶を継承する」。熱い願いが込められた東北各地の施設や地域を紹介する。

◎東北の施設・地域巡り(5)八甲田山雪中行軍遭難資料館(青森市)

 青森市の南に広がる八甲田山麓。1902年1月23日、旧日本陸軍青森歩兵第5連隊の雪中訓練中、惨劇は起きた。死者199人に上る世界最大級の山岳遭難の発生。「八甲田山雪中行軍遭難資料館」は、当時のルートだった県道沿いに立ち、教訓を語り継ぐ。
 展示室にはミニシアターがあり、77年公開の映画「八甲田山」の映像を交え、行軍の計画概要や気象状況、遭難の要因を解説する。遭難現場を模したジオラマは、行軍がたどった経路や、散り散りになった兵士の遺体発見場所を示す。
 奇跡的に助かった生存者の証言が展示パネルで紹介されている。「将校兵士は指が凍り、ズボンのボタンを外すことができず、そのまま便をなした」。倉石一太尉が語った言葉が過酷な状況をうかがわせる。
 当時、犠牲者や遺品を捜索するため、雪山に慣れているアイヌ民族の7人が北海道から派遣された。あまり知られていない史実を伝えるコーナーもある。
 展示室にある資料は犠牲者の軍服やかばん、日誌などの展示品を含め、1300点超。全てデータベース化され、公開されていない資料は専用の端末で見ることができる。
 年間約1万2000人が見学に訪れる。資料館の奥瀬俊文さん(59)は「県外から来る人が約8割。あまりの惨状に涙する人もいる」と話す。
 遭難から115年。当時は日本とロシアの関係が緊迫しており、ロシア軍の八戸上陸を想定した訓練だった。冬山を行軍するには、装備や食料が不十分だったと言われる。
 奥瀬さんは「これだけ大きな山岳遭難を忘れてはいけない。冬山の厳しさや自然の脅威を多くの人に理解してほしい」と訴える。

[メモ]入館料は一般260円、高校生・大学生130円、中学生以下と70歳以上は無料。開館時間は4〜10月が午前9時〜午後6時、それ以外は午前9時〜午後4時半。敷地内に第5連隊の210人が眠る幸畑陸軍墓地がある。多行松が周囲を囲み、市の史跡天然記念物に指定されている。連絡先は017(728)7063。            


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2017年08月23日水曜日


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