秋田のニュース

<災を忘れず>両手を縛られ、裸でうずくまる人の群れ…「加害の歴史」生々しく

花岡事件をイメージして描かれた墨絵を見上げる谷地田副理事長

 地震や風水害などの天災、戦争や市街地の火事といった人災。生死を左右しかねない惨事の発生は人々に大きな衝撃を与えるが、その爪痕や傷痕が歳月の中で癒えるにつれ、風化は進む。「大切な記憶を継承する」。熱い願いが込められた東北各地の施設や地域を紹介する。

◎東北の施設・地域巡り(6)花岡平和記念館(秋田県大館市)

 両手を縛られ、裸でうずくまる人の群れ。棒を手に、鬼のような形相で拷問する男。花岡平和記念館(大館市花岡町)に展示されている縦約2メートル、横約4メートルの墨絵を見ていると、太平洋戦争末期の「花岡事件」で非人道的な扱いを受けた中国人たちの苦しみや悲しみが胸に迫ってくる。
 花岡事件は1945年6月30日、秋田県花岡町(現大館市)の花岡鉱山で起きた。中国から強制連行された中国人986人の大半が過酷な労働や虐待に耐えかねて蜂起。捕らえられ、拷問を受けるなどして419人が死亡した。墨絵は、札幌市の画家が事件を題材に2006年ごろに描いた。
 強制労働の現場となった花岡川のほとりに立つ記念館は、歴史研究家や弁護士らでつくるNPO法人花岡平和記念会(大館市)が、事件を語り継ぎ、日中両国の平和と交流に貢献しようと、10年4月に開館した。
 約210平方メートルの館内には、強制連行までの経緯や鉱山の様子、戦後の和解などを写真と文章で紹介するパネル約80点が展示されている。中国人生存者の証言を記録した映像もある。
 記念会副理事長の谷地田恒夫さん(77)=大館市=は、事件を目撃した住民や犠牲者の遺族らの証言を伝える活動をしてきた。「花岡事件は加害の歴史。教育の場でもタブー視されがちだが、誰も知らなくなれば、同じ悲劇が繰り返されるだけだ」と強調する。
 「地獄のような残酷な虐待の中で、飢餓と殴打の故に死んでいった」「死んでもいいから戦って、自分を解放しようと思った」。生き残った中国人が映像の中で語る言葉は、人間の尊厳が失われていく戦争の悲惨さを生々しく伝える。
 「記念館を訪れ、被害者と加害者、両方の立場から戦争のことを考えてほしい」。谷地田さんの切なる願いだ。

[メモ]花岡平和記念館は、JR大館駅からバスで「花岡本郷」下車、徒歩5分。開館は4〜10月の金−月曜日で、午前10時〜午後3時。事前に連絡すれば休館日でも対応できる場合がある。入館無料。連絡先は同館0186(46)2630。


関連ページ: 秋田 社会

2017年08月24日木曜日


先頭に戻る