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くりはら地形紀行(5完)潜り橋(迫川水系)

迫川に架かる徳富橋。欄干はなく、増水時は冠水することで流木などの衝突を避ける

 宮城県栗原市には約50万年前の造山運動でできた活火山の栗駒山(1626メートル)や、河川の堆積作用により形成された標高10メートル前後の平野部などさまざまな地形がある。人々は地形を活用したり、土木工事で難点を克服するなどして暮らしてきた。市全域がジオパーク(地形や地質を生かした自然公園)に認定されている栗原市で、地形に根差した人々の営みを取材した。(若柳支局・横山寛)

◎水害と闘う先人の知恵

 栗駒山(1626メートル)に降った雨は迫三川(はさまさんせん)と呼ばれる迫川、二迫川、三迫川となって急勾配を一気に流れ下り、標高5〜10メートルほどの平野部へ殺到する。
 2015年9月の宮城豪雨の際、迫川水系で堤防が7カ所で決壊したり、用水路から水があふれ出すなどして2人が死亡、計301世帯が床上床下浸水する事態になった。
 三川が合流した若柳地区の若柳大橋付近で堤防決壊の恐れがある「計画高水位」を7時間以上にわたって突破。商店や住宅が連なる地区中心部が洪水被害の危機にさらされた。

<欄干がなく丈夫>
 東北学院大の松本秀明教授(63)=地形学=によると、7500年前は石巻湾から北上川に沿うように登米市辺りまで入り江状に海が入り込んでいた。迫川や北上川が多くの大洪水を繰り返し、大量の土砂を運んで海を埋めたことで平野が形成された。
 松本教授は「洪水のたびに河川が運んだ土砂の堆積で、7500年間に地盤は15〜20メートルもかさ上げされたことになる。迫川には高い堤防が造られ、遊水池の長沼ダムが整備されたからといって用心を怠ってはいけない。想定を超える土砂災害はいつでも起こりうる」と警鐘を鳴らす。
 こんな水害常襲地帯の迫川水系で見られるのは、欄干がない「潜り橋」だ。欄干がない橋は全国各地にあり、沈下橋や冠水橋とも呼ばれる。通常の橋より低い位置に架けられており、増水時は水面下に沈む。欄干がないから流木が引っ掛かる可能性は低く、大破を免れることができる。
 栗原市ジオパーク推進室によると、市内で確認できた潜り橋は9本。全域が地形や地質を生かした自然公園「ジオパーク」に認定されている同市は、潜り橋を水害常襲地帯に架かる特徴的な建造物として、見学サイトの一つに位置付ける。

<徳富橋架け替え>
 三迫川と迫川の合流部に架けられ、若柳大林地区と志波姫刈敷地区を結ぶ徳富橋は、市内最長の潜り橋だ。1968年完成で長さは80メートル。幅は3メートルしかないので車両はすれ違えず、交互通行するしかない。夕刻は帰宅の車両が列をなす。
 大林地区の二階堂孝輔さん(93)は「昔は渡し船だったから、徳富橋ができて便利になった。迫川が増水すれば橋はすぐ冠水してしまうけど、大きく壊れたという記憶はない。丈夫な橋だ」と語る。
 大林地区には工業団地が造成され、交通量も多いことから市は徳富橋を架け替える方針。市の担当者は「老朽化も進んでいる。本年度中に実施設計を終え、現在地より下流側に架け替える。完成次第、徳富橋は取り壊す」と説明する。
 洪水に対する人々の知恵の結晶の一つが姿を消す。潜り橋の姿とともに、洪水の歴史を胸に刻みたい。


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2017年08月25日金曜日


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