青森のニュース

弘前の忍者屋敷、石田三成の子孫が住んでいた 青森大忍者部の調査で判明

忍者屋敷の調査結果を説明する清川教授

 青森県弘前市内で昨年秋に見つかった忍者屋敷に、戦国武将石田三成の子孫が居住していたことが25日、青森大忍者部の調査で分かった。同部は観光資源としての活用を呼び掛けており、全日空は11月、屋敷を含めた三成や忍者ゆかりの地を巡るツアーを始める予定。
 調査によると、関ケ原の戦い後、三成の次男重成が津軽地方に逃げ延び、杉山源吾と改名。宝暦5(1755)年の屋敷の居住者を記した地図から、杉山家の子孫である白川孫十郎が住んでいたことが判明した。
 実在した弘前藩の忍者集団「早道之者(はやみちのもの)」は重成の子の吉成によって結成されたことも分かった。杉山家は代々、早道之者を統率し、蝦夷地の調査や監視活動を指揮したとされ、屋敷は拠点として使用されていた可能性が高いという。
 青森大で記者会見した忍者部顧問の清川繁人教授は「三成と屋敷がつながるとは思わなかった。全国の人に屋敷を訪ねてもらいたい」と話した。同席した全日空販売事業部青森営業所の峯尾泰子所長は「忍者ブームもあり、冬場の観光商品になる」と観光資源としての屋敷に期待感を示した。


関連ページ: 青森 社会

2017年08月26日土曜日


先頭に戻る