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<台風10号豪雨から1年>住民の判断力 命綱に

豪雨被害の爪痕が残る小本川を見詰める守田さん。この橋に流木が押し寄せた

 東北に直接上陸し、猛威を振るった台風10号豪雨から30日で1年となる。岩手県内で死者21人、行方不明者2人という人的被害は、行政に依存する「公助」の限界を浮き彫りにした。自らの命を守るために必要な心構えと取り組みとは何か。現場から報告する。(宮古支局・高木大毅)

(上)公助の限界

 26日午前7時、岩手県庁4階の特別会議室に9人の専門家が緊急招集された。台風10号豪雨の教訓から誕生した「風水害対策支援チーム」だ。北上川の氾濫を想定した県の総合防災訓練が始まろうとしていた。
 チームは、県や盛岡地方気象台、東北地方整備局、岩手大の研究者で構成する。気象や河川の水位に関するデータを分析し、災害の発生が予想される地域を特定。市町村に的確な避難情報の発令を助言する。

<半数伝わらず>
 災害発生の瞬間から逆算し、行政や住民が取るべき行動を時系列でまとめた「タイムライン(事前防災行動計画)」。国土交通省も普及を後押しする中、いち早く策定に乗り出したのも岩手県だった。
 この1年「公助」を担う行政は、さまざまな対策を重ねてきた。だが…。
 久慈市山根地区(176世帯)の住民組織が昨年12月に実施した調査では、台風10号の避難勧告が半数の世帯に伝わっていなかったことが明らかになった。
 また、避難しなかった94世帯のうち65%が「自宅が安全」と回答。1時間に80.0ミリの降雨を記録した山根地区では、女性1人が浸水した自宅で亡くなった。
 「公助には限界がある。自分の命を守れるのは自分だけ」。被害が集中した岩手県岩泉町で、小川(こがわ)地区自主防災協議会長の守田敏正さん(67)が語る。
 元自衛官の守田さんは、各種訓練の立案に従事。その経歴を買われて岩手県滝沢村(現滝沢市)の防災担当職員に就いた。退職して古里に戻ると、土砂災害や河川の氾濫を想定した手引作りを始めた。
 小川地区の約1000世帯を一軒一軒訪ね、各世帯の被害想定や避難経路を検討。集落ごとに冊子にまとめ、全世帯に配布した。2015年のことだった。

<手引通り避難>
 そして翌16年8月30日。小川地区では午後5時ごろ、小本(おもと)川に架かる橋に押し寄せた流木が積み重なり、行き場を失った濁流が集落をのみ込んだ。竹花義孝さん(69)は、自宅で一部始終を見ていた。
 「橋に流木が詰まってダムになり、浸水する可能性がある」。状況は手引にある通りだった。「家の裏手から川と反対側の国道に逃げる」。手引通りに避難した。「焦らずに行動できた」と竹花さんは振り返る。
 一方で竹花さんの隣家の男性は、いつも通り牛に餌をやろうと牛舎に向かい、濁流に巻き込まれた。手引もまた、活用されなければ絵に描いた餅でしかない。
 「被害を避難情報の提供が後手に回った行政のせいにすべきではない。一人一人が自分の目と耳で状況を判断できるようにならなければいけない」
 守田さんは各地の防災講話会に招かれるたび、こう繰り返し訴えている。


関連ページ: 岩手 社会

2017年08月27日日曜日


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