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政宗宛ての手紙発見 大崎市民ら解読中の古文書

藤堂高虎が伊達政宗に宛てた手紙。右下に「おちゃ」の文字、左下に花押が確認できる
吾妻家の古文書を整理する古文書を読む会の会員ら=大崎市岩出山

 江戸時代に仙台藩の武士だった吾妻(あがつま)家の古文書1万数千点の中から、大名などが藩祖の伊達政宗らに送った手紙40点余りが見つかった。大崎市の岩出山古文書を読む会が市内で解読中に発見した。専門家は「政宗や息子宛ての手紙がまとまって出てくるのは大変珍しい」と驚いている。

 吾妻家は代々、岩出山伊達家に仕えていた。幕末期に家老を務めた吾妻謙(1844〜89年)が明治維新後、開拓のため移住した北海道に文書を移した。子孫が2015年初め、東北大東北アジア研究センターと古文書を読む会に整理を依頼し、文書が大崎市に里帰りしていた。
 政宗時代の手紙は少なくとも44点。大名や徳川幕府の重臣が政宗に宛てたとみられる手紙8通、政宗の四男で岩出山伊達家の初代当主になった宗泰宛てが7通あった。政宗らが江戸滞在中に受け取ったとみられる。政宗の息子同士でやりとりした手紙もある。
 宇和島城(愛媛県宇和島市)などを築城した大名藤堂高虎の手紙は、政宗が招待した茶会に参加する意思を伝える。政宗の娘婿が宗泰に送った手紙は、政宗が子どもたちに分け与えたことで知られる香木「柴舟」を譲ってほしいと求める。
 手紙を見た佐藤憲一・元仙台市博物館長(68)は「藤堂の手紙は全国的に希少だ。伊達家内で送った文も興味深い」と説明する。
 古文書を読む会の菊地優子会長(64)は「宗泰宛ての手紙は1通しか見たことがなく、驚いた」と話す。会員の高橋盛さん(86)は「地域の再発見につながる」と解読に励んでいる。

[吾妻家]祖先は政宗の四男宗泰の付き人だったとされる。吾妻謙は明治維新の後、北海道当別町に移住し、開拓の中心的な役割を果たした。本庄睦男(当別町出身)の小説「石狩川」と映画「大地の侍」で主人公として描かれた。


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2017年09月02日土曜日


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