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<南極見聞録>理想守る精神 条約に

太陽の両側に光の斑点が見えます。寒くて風の弱い日に大気中の氷の結晶に光が屈折して起こる「幻日」という現象です。撮影時の気温はマイナス24.1度、風速は1.3メートルでした(筆者撮影)
大型雪上車にパイプを取り付けています。パイプには次の59次隊が氷床調査で使う観測器具を装着します。左は衛星利用測位システム(GPS)を用いた無人走行機能付きトラクターです(筆者撮影)

 第58次南極地域観測隊に仙台市太白区の外科医大江洋文さん(57)が参加している。過酷な環境の中で任務に励む日々。極地の「今」を伝える。

◎こちら越冬隊 Dr.大江(10)ご法度

 南極大陸は約100年前までは、人跡未踏の地でした。しかし、人類の冒険心や知的好奇心は未知の厳寒の地にまで及びました。そして、南極での活動の主な目的が探検から調査・研究に移るにつれて、国際的な枠組みが必要になってきました。

<国際協力うたう>
 日本の南極観測は1957〜58年の国際地球観測年に合わせて国際的にデビューしたわけですが、後にアメリカの提案で観測隊を送った12か国(アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、チリ、フランス、日本、ニュージーランド、ノルウェー、南アフリカ、当時のソ連、イギリス、アメリカ)が署名して、1961年に南極条約という取り決めが発効しました。
 この地域の軍事利用の禁止、領土権の凍結、科学的調査の自由と国際協力、全ての核の爆発と放射性廃棄物の処分の禁止などをうたっています。
 加盟国は現在、53か国に上っています。冷戦時代のさなかにもかかわらず、南極を国境のない平和な理想郷とする目標を掲げたこの条約の精神は、現在も高く評価されています。
 この南極条約を補完する形で、南極の自然や環境を保護するための国際的な取り決め(環境保護に関する南極条約議定書、1998年発効)が制定され、この条約の下に、国内法として観測隊にも関係が深い南極環境保護法が1997年に制定されました。

<違反すれば重罰>
 これ以降、観測隊の活動にも国から許可を受けたもの以外は、厳しい制限がかかるようになりました。
 初期の観測隊では移動のために犬ぞりを使用していました。ペットとして猫やカナリアも連れて行きましたし、家畜用として豚を持ち込んだこともあったそうです。
 ペンギンやアザラシを捕らえて食べたり、犬の餌にしたりもしていました。記念に石などを拾って帰る隊員もいたようです。ごみは野焼きといって外で燃やしたり、埋め立てしたりしていました。これらの行為は現在、全てできません。
 基地の外での活動中、ちょっとその辺で用足しをしたくなりますが、これもだめ。バケツに紙を敷いた簡易便器やポリタンクにためておいて、基地に持ち帰って処分します。いずれも違反すれば、懲役を含む重い刑罰を受けなければなりません。(第58次南極越冬隊員・医師 大江洋文)


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2017年09月02日土曜日


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