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<あなたに伝えたい>形見の愛犬会える日心待ち

 鈴木謙太郎さん=当時(64)= 福島県浪江町で花を栽培し、母の竹子さん(89)、祖母、妻、息子夫婦、孫2人、愛犬のマリと暮らしていた。東日本大震災発生時、町から管理を委託されている水門を閉めに出掛けて津波に巻き込まれ、40日後、遺体で見つかった。

◎人のために働いた優しいせがれ/鈴木竹子さん(南相馬市)謙太郎さんへ

 竹子さん 震災前は8人暮らしでした。せがれはあの日の地震後、縁側につながれていた愛犬のマリを連れて、いったんは高台に避難しました。
 すぐに、水門を見に行くと言い出しました。責任感が強く、みんなで止めたのに聞き入れてくれませんでした。待っても、戻っては来ない。あの晩の染みる寒さを今も覚えています。
 あなたはとても優しかったね。年に3回は私を旅行に誘ってくれました。白虎隊士が眠る会津若松市の飯盛山、いわき市の水族館など県内各地を回りました。
 あの年も花卉(かき)栽培が落ち着く4月になったら、広島県の厳島神社にお参りする約束をしていたよね。「ばば、今年はどこさ行く?」の声はずっと忘れません。
 酒好きで、自宅でよく酒盛りをし、けんかがあれば仲裁に入り、人のために暇を惜しまず働いていたね。「よく働いている」。どうして、この一言を掛けて褒めなかったのか。亡くなってから後悔し、今も仏壇の前で謝っています。
 家族は県内外での避難生活を経て、それぞれの地で暮らしています。私は1人で南相馬市の災害公営住宅に身を寄せました。
 謙太郎。あなたを思わない日は一日もない。なんで早く逝ってしまったの? さみしさは消えません。
 あなたが連れ出した愛犬マリを形見と思っています。今の住まいでは飼えず、被災地のペットを保護している岐阜市の施設に預かってもらっています。福島県に連れてきてくれるのは年2回だけれど、会える日を心待ちに暮らしています。


2017年09月03日日曜日


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