宮城のニュース

<仙台いやすこ歩き>(65)クロワッサン/幾層もの豊かな味わい

 その厚い扉には「PRIVATE(プライベート)」と書かれていた。都心の不思議な世界への入り口。今回いやすこがやってきたのは仙台国際ホテル(仙台市青葉区)。扉の先にある簡素なエレベーターで3階へと案内していただく。「ホテルの内側に来られるなんてドキドキするね」とささやき合っていると、「ここがホテルのベーカリー室なんですよ」と次の扉が開かれた。
 と、一気に甘い香りだ。もうすでに幸せ気分の2人を、シェフブーランジェ(パン職人)の石倉昌明さん(48)が迎えてくれる。1989年の開業当初時から、ホテルのパンとケーキはこのベーカリー室で手作りされているのだ。

 今回、テーマにしたのはクロワッサン。というのも、テレビ番組「林先生が驚く初耳学!」(TBS系)で、ここのクロワッサンが紹介されたと聞いたから。隠された数字の謎というテーマの下、薄い層がぎっしり81層もある本格派クロワッサンの例として取り上げられたのだ。
 石倉さんは早速、数字の謎を実演で説いてくれるという。台の上には小麦粉、上白糖、食塩、卵、牛乳、白神山地天然酵母で作った丸い生地。「粉から作った生地を、少し休ませてあります」と生地を薄く伸ばし、バターを真ん中にして折り畳む。その生地を均一にのばし、三つ折りにし「これで3層」。それを休ませて三つ折りに、を繰り返すことさらに3回。その速やかな動きに見とれていると、「3の4乗で81層になりました」と言われ、「3×3×3×3…。あっ、ほんとだ」とわれに返る2人。
 生地を冷凍庫に入れ、凍るちょっと手前で取り出し、無駄なく二等辺三角形に切り取って、くるくると巻いていく。と、あの形になる。常温で適度に膨らんだところで、溶き卵を塗ってオーブンへ。
 各工程で温度管理の細やかなこと。冷凍庫やオーブンも使うけれど、「最後は人の手です」。石倉さんの手は生き物である生地と、きっと幾度も幾度も会話しているのだろう。

 パン職人を目指したのはいつですかと質問したところ、「45年前かな」とにっこり。「えぇーっ!?」と驚く2人にこんな話をしてくれた。幼稚園の時、読み聞かせてもらった「からすのパンやさん」が大好きで、毎日毎日読んでもらっていたそう。その時からずーっと夢を膨らませてきたというのだ。
 そうこうしているうちにクロワッサンの焼き上がり! オーブンから取り出されたとたん、香ばしい匂いがベーカリー室いっぱいに広がった。
 焼きたてのクロワッサンはサクサクサクサク。いや、サクサクを越えたパリパリッで、バターの香りが口の中にぜいたくにあふれる。独特の味わいは天然酵母だからだろうか。それにも増して、幼い頃に抱いた真っすぐな思いが、幾層もの豊かな味わいとなっているに違いない。
 焼きたてに感激する2人に「焼きたてがおいしいのは当たり前で、ほんとのおいしさは(少し冷めた)『冷めたて』で分かるんです」。石倉さんの一言にパン好きの画伯も「目からうろこ」とびっくり。
 家に帰って早速確かめようと、いやすこはお土産のクロワッサンを手に不思議の世界を後にした。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


◎16世紀に発酵パン伝わる
 パンが誕生したのは紀元前6000年ごろで、無発酵の薄焼きパンだった。発酵パンの出現は紀元前3200年ごろの古代エジプト。パンの生地を一晩放置していた者がいて、そこに野生の酵母菌がついて膨らみ、翌日焼いて食べてみたらおいしかったことが発酵パンの誕生につながったといわれる。
 日本でも紀元前200年ごろ、薄焼きパンが焼かれていた。発酵パンが伝わったのは種子島に鉄砲が伝来した16世紀。その後、バテレン追放令により、パンも作られなくなる。再びパンが焼かれたのは1842年。中国でアヘン戦争が起き、外国軍の日本侵攻に備え、江戸幕府が兵糧として焼かせた。その後開国とともに、日本でもパンはさまざまな広がりを見せていく。
 クロワッサンはフランスのパンを代表する一つだが、オーストリアが発祥で、マリー・アントワネットがルイ16世に嫁いだ後、パン職人とともに製法をフランスに伝えたという。クロワッサンとはフランス語で三日月を意味する。


2017年09月04日月曜日


先頭に戻る