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1951年の宮城 大きな反響 米従軍医が撮った沿岸部写真ウェブ公開

日本語版もできた「Miyagi 1951」のウェブサイト

 米国人医師が1951年に宮城県沿岸部を撮影した写真のウェブサイト「Miyagi 1951」が好評だ。公開から3カ月弱で1万1000人以上がアクセスし、被写体の情報が続々と寄せられた。サイトを運営するカリフォルニア州在住の建築家アラン・バトラーさん(68)は反響の大きさに驚いている。
 「Miyagi 1951」の写真は、米兵の医師だったバトラーさんの父ジョージさん(74年に62歳で死去)が51年3〜12月、米軍松島キャンプ(東松島市、現航空自衛隊松島基地)に駐留した際に撮った。日本ではまだ普及していなかったカラー写真も多い。
 バトラーさんは今年6月下旬にインターネットで公開し、被写体の情報提供を求めた。ウェブサイトにアクセスしたのは1日1人程度だったが、8月5日付の河北新報朝刊で紹介されると、3日間で約1万人に到達した。8月中旬に日本語版「宮城1951」を公開した後は1日に50〜70人がアクセスしている。
 英語、日本語で受け付けるコメント欄には「日和山から撮影した石巻港だ」「仙台の中央通や名掛丁ではないか」といった場所の特定につながる情報が書き込まれた。「当時の様子が鮮明な写真で残っていることに感動して涙が出てきた」などの感想もある。
 バトラーさん個人にも「父母が生まれた頃の街の様子が見られて感慨深い」「親戚が当時基地で働いていたため、写真は残っているがカラーは無かった」といったメールが届いた。
 バトラーさんは、来年にも訪日して撮影場所を訪ねたいと考えている。近く日本語会話の勉強を始めるという。「たくさんのコメントが寄せられ、感激している。より多くの人に見てもらえるようサイトを更新し続けたい」と話す。


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2017年09月09日土曜日


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