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<丸森再耕 原発事故を超えて>町が主導 不安解消図る

画像診断機を操作しながら甲状腺検査について説明する山本さん(前列中央)と町担当者たち。町独自の検査が町民の不安解消につながった=丸森町保健センター

 東京電力福島第1原発事故による放射能汚染被害を受けた宮城県丸森町。最も不安視されたのが子どもの健康への影響だ。しかし、健康調査などで隣接する福島県と「格差」が生じ、住民の不安を一層強めた。少子化に拍車を掛けた原発事故を超え、町はいま子育て支援に力を注ぐ。子どもを守る町の取り組みを見詰めた。(角田支局・会田正宣)

◎子どもを守る(中)健康調査

 東京電力福島第1原発事故を受け、丸森町は約3カ月後の2011年6月、親と妊婦を対象に放射能に関する相談会を開いた。
 「ここに住めるのか」「話だけでは信頼できない」
 泣いて訴える母親、詰め寄る夫婦…。応対した当時担当の保健師新道宣子さん(57)は「実際に検査しないと不安は解消されない」と強く感じた。自身も3人の子を持つ母親で、末っ子の長女は当時12歳。親の気持ちはよく分かった。

<町内の医師協力>
 町と境を接する福島県は11年10月、18歳以下の甲状腺検査を始めた。これに対し、宮城県の有識者会議は同月、「健康への影響は考えられない」と判断。県は11年12月から丸森町筆甫、耕野両地区の小学生以下に限り確認検査を1度は実施したが、その見解は12年2月の最終報告まで変わらないこととなる。
 「少子化が続く中での原発事故の発生。避難でさらに町内の子どもが減ってショックだった」と新道さん。「一人一人の子を大切にし、『丸森に生まれてよかった』と思ってほしい」との切なる願いは、多くの町職員に共通していた。
 検査実施の要望を繰り返しても、国や県の動きは鈍い。やむなく町は11年12月、独自検査の実施を決めた。財源の持ち出しはあるものの、最大の問題は専門医の確保。そこに協力を申し出たのが町内の開業医山本政秀さん(52)だった。
 甲状腺外科専門医で、学会に要請があった福島県の検査に協力するつもりだったが、町の方針を知り地元への貢献を決めた。
 山本さんは初回(12年3月〜13年1月)、2回目(15年7月〜16年4月)と町の検査を一手に引き受けた。「国内でも子どもの甲状腺のデータが少なく、分かっていないことが多い。自然発生との比較など、これからが本番」と気を引き締める。3回目は18年度だ。

<「今も関心高い」>
 町内でも空間放射線量が比較的高かった筆甫地区の藁谷智恵さん(30)は原発事故直後、妊娠が分かった。その時におなかにいた長女怜俐(れいり)ちゃん(5)は、町の検査を2回とも受けた。智恵さんは「放射能の影響がいつ出るか不安は残るが、地元で検査を受けられてほっとした」と話す。
 丸森以外の県南では公的な検査が行われず、今も検査実施の要望がくすぶる。柴田町や角田市では住民が町議会や市に要望するなど行動を起こしたが、実現しなかった。
 福島県境と接する山元町で甲状腺検査を行う民間団体「結の会」の大友典子代表(39)は「県境で区切られたのは残念。一度も検査していない地域は今も関心が高い。原発を国策で進めた国が責任を持って検査すべきだ」と厳しく指摘。「自治体主導で住民を守る努力をしている丸森町の対応は立派だ」と話す。
 放射能の子どもへの影響は未解明なことばかりだ。だからこそ、検査に踏み切った町の判断が町民にもたらした安心感は大きい。

<丸森町の甲状腺検査>対象は当時18歳以下の2323人。国庫支援がなく、町が持ち出した初回の検査費約80万円は、2011〜12年度分の損害賠償請求を巡る町と東電の和解仲介手続き(ADR)で賠償対象に認定され、16年9月に和解が成立した。


2017年09月08日金曜日


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