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<あなたに伝えたい>新たな大曲浜 見守っていて

再建した自宅で、両親の形見のバッジと指輪を見詰める修さん

 小山和晴さん=当時(77)=、蓉子さん=同(73)= 夫婦2人は東松島市大曲浜で暮らしていた。東日本大震災の発生後、自宅近くの土手付近に逃げたが、津波にのまれたとみられる。同居の長男修さん(58)と、修さんの妻真里さん(55)は別の場所にいて無事だった。

◎温泉やカラオケが好きだった両親/小山修さん(東松島市)から和晴さん、蓉子さんへ

 修さん おじいさん。おばあさん。震災がなければもっと長生きしていたでしょうね。2人にとっての、ひ孫が2015年2月に生まれました。元気な男の子です。最近は「大丈夫」「おいで」などと話すようになりました。
 両親は20代前半に見合いで結婚しました。温泉やカラオケが好きで、暇があれば一緒に出掛けていました。
 父親は酒飲みで明るい性格でした。40年ほど郵便局に勤め、主に保険を担当しました。退職後は宮城県旧矢本町議と東松島市議を務め、ライオンズクラブで活動しました。
 母親はもっと社交的でしたね。自宅で雑貨屋をしたり、婦人会の友達としょっちゅう出掛けたり。震災前は日本一周の船旅を楽しみにしていたようです。
 震災発生当時、両親は自宅にいました。近所の人から「津波来るよ」と言われ、橋の脇の土手付近へ逃げたそうです。その場には50人ぐらいがいたと、助かった人から聞きました。
 東松島市の防災集団移転団地のあおい地区に建てた家で妻、雄のフレンチブルドッグの「大吉」と共に生活しています。近所の大曲浜出身者たちとも仲良く過ごしています。
 今年5月、私は市復興政策部長に就きました。大曲浜は更地になりましたが、企業が進出し、県立都市公園「矢本海浜緑地」が整備される予定です。人が集まり、にぎやかで、自然豊かな大曲浜になってほしい。
 おじいさん。おばあさん。見ていてください。


2017年09月10日日曜日


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