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<連載・談 かたる>稲垣潤一さん(4)デュエット曲で新境地 成長の良い刺激に

女性歌手とのデュエットで構成するカバーアルバム「男と女」の5枚目をリリースした時の稲垣さん(左)=2015年、東京都内

 ――華々しい活躍とは裏腹にスランプに陥る

<義務感で楽しめず>
 人気が出てうれしかった半面、92年10月にリリースした「クリスマスキャロルの頃には」が大ヒットしているころ、歌いたくない症候群のような状態に陥ったのです。
 「自分の歌でお客さまを満足させなくてはいけない」という思いが強くなり、歌うことへの重圧をすごく意識するようになりました。そのうちに義務感で歌っている感じがして、全然、楽しくなくなったんです。
 デビュー当時から、ずっと全速力で走り続け、心が伸びきったゴムのように弾力性をなくしていました。心が疲労骨折したような状態でした。
 そんな時も休養することは考えませんでしたが、「まずは自分が音楽を楽しまないとだめだ」と思い、自分の考えを積極的に周囲に伝え、ライブのセットリストも自分の意見を反映し、楽しんで歌う環境作りに努めました。すると、少しずつですが、状況が好転していきました。
 <2008年11月、「男と女」と銘打ち、女性歌手とのデュエットによるカバーアルバムを企画し、評判となる>
 「男と女」は現在までに、5作をリリースしています。当初はカバーアルバムを何か作りたいと思っていて、デュエットをアルバムの個性にしたら、面白いのではないかと思ったのです。洋楽に比べると、Jポップにはデュエットナンバーが少なく、Jポップに焦点を絞ったアルバムにもしたかったのです。
 当時はデュエット曲は少なく、女性歌手の方もデュエットには二の足を踏む人が少なくなかったです。結果的にアルバムの評判は上々で、魅力的な女性歌手とデュエットすることは僕自身も良い刺激になり、成長するきっかけになっています。
 「この人と歌いたい」と思い、公演の楽屋に行って本人に直接話しをしたこともあります。女優の土屋アンナさんや柴咲コウさんがそうでした。
 3作目で石原裕次郎さんが持っていたデュエット曲数の日本記録(28曲)を抜き、現在のところ60曲で記録を更新中です。

 ――音楽のみならず、「ハコバン」時代の思い出などをつづった自伝の執筆にも取り組んだ

<ハコバンの語り部>
 2013年に「ハコバン70’S」(講談社)を書き、それに加筆、改稿して15年に「闇を叩(たた)く」(小学館)と改題して文庫化しました。「闇を叩く」というタイトルは、僕のファンで懇意にしている芥川賞作家西村賢太さんが付けてくれました。
 また、15年にはハコバン時代とデビュー前後のことをつづった「かだっぱり」(小学館)を出版しました。かだっぱりとは、宮城県の方言で意地っ張りや頑固者という意味です。
 「ハコバン」生活について書かれた本がほとんどなく、あの時代の空気を肌身で感じていた僕が、語り部として書き残しておくべきではないかと思ったのが、執筆の動機です。原稿をまとめて書くという経験は初めてで、とても新鮮でした。(聞き手は生活文化部・沼倉淳)

[いながき・じゅんいち]1953年仙台市生まれ。82年1月に「雨のリグレット」でメジャーデビュー。83、86年に日本レコード大賞ベストアルバム賞、93年に日本ゴールドディスク大賞、2009年に日本レコード大賞企画賞などを受賞。著書に「闇を叩く」(小学館)「かだっぱり」(同)。東京都在住。

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 「ドラマティック・レイン」や「クリスマスキャロルの頃には」を筆頭に、数々のヒット曲を持つ仙台市出身のミュージシャン稲垣潤一さん。ドラムをたたきながら歌うスタイルと独特の透明感があるハイトーンボイスで、多くのファンを獲得している。28歳でメジャーデビューし、35周年を迎えた今日まで第一線で歌い続けている。これまでの道のりを振り返るとともに展望も語ってもらった。


関連ページ: 宮城 文化・暮らし

2017年09月11日月曜日


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