宮城のニュース

<連載・談 かたる>稲垣潤一さん(6完)音楽も人間性も磨く「進化の旅」の途中

ミュージシャン仲間とリハーサルをする稲垣さん(右)=東京都内のスタジオ(c)大塚浩史

 ――稲垣さんは今年1月にデビュー35周年を迎えた

<コンサート2000回超>
 35年という年月を振り返ると、長かったような短かったような、どちらとも言えない不思議な感じがあります。ただ、デビューしてからのコンサートの数をざっと数えてみたら、2000回を超えていました。われながら、よく歌ってきたなと感慨深いものがあります。
 <現在は35周年を記念した全国ツアーを展開している。9月下旬にはオリジナルアルバムをリリースする>
 次のアルバムはライブやベスト版を除くと、ちょうど30枚目になります。全て新曲で、今の僕が凝縮されたアルバムにしたいと制作に励んでいます。
 現在、全国を回る35周年記念コンサートツアーの真っ最中ですが、今後、東北では9月23日に盛岡市の岩手県民会館、11月3日に仙台市民会館で開きます。多くの人に楽しんでもらえるように定番曲をふんだんに盛り込んだ2時間超の内容になります。
 <音楽活動の原点を見つめる活動にも取り組み始めた>
 デビュー前に約10年間も「ハコバン」生活が続けられたのは、「ドラムをたたいて歌うのが好きだったから」という一言に尽きます。その気持ちを改めて再確認する活動も始めました。
 ここ1年の間で「ハコバン」時代に歌っていた洋楽を歌うライブのほか、「コンセプトライブ」と銘打ち、最初の3枚のオリジナルアルバムから選曲して歌うライブ、70年代に仙台の仲間と結成したバンド「コンビネーションサラダ」の再結成など、音楽活動の原点を意識した活動を展開しています。いずれの活動もとても新鮮で気持ちがリフレッシュし、わくわくします。

 ――ボーカリストとしても円熟味を増している

<無我の境地に近い>
 若いころには自分自身の歌の可能性が見えていなくて、いろんな歌い方に挑戦しましたが、僕の場合は考え過ぎると、わざとらしくなってしまうんです。今は作為的に歌わないことの大切さが分かってきました。いわば、無我の境地に近い状態で歌うことを目指しています。ライブでも聴衆の熱気に影響され過ぎずに、クールに歌うことが、僕にとってはいい歌につながりますね。
 代表曲をアレンジしたり、わざと崩して歌ったりする人もいますが、僕はそんな歌い方を聴くと、がっかりしてしまうんです。僕はオリジナルのままをお客さんにきっちりと伝えることを大事にするタイプです。
 ライブの時には初めて来るお客さんのことを念頭に置いています。何千回も歌った曲を歌う場合、初めて歌う気持ちにはなかなかなれないまでも、それに近い状態で歌えるようには、なってきたかなと思っています。
 <「歌うことは自らの人生の反映である」という思いを強くしている>
 歌は歌う人の人間性が出ます。自分自身が曇っていると、人を感動させる歌は歌えないと思っています。音楽も人間性も生涯、磨き続けていく必要があります。多くの人に支えられながら、僕は「進化の旅」の途中にいると思っています。(聞き手は生活文化部・沼倉淳)

[いながき・じゅんいち]1953年仙台市生まれ。82年1月に「雨のリグレット」でメジャーデビュー。83、86年に日本レコード大賞ベストアルバム賞、93年に日本ゴールドディスク大賞、2009年に日本レコード大賞企画賞などを受賞。著書に「闇を叩く」(小学館)「かだっぱり」(同)。東京都在住。

         ◇          ◇           ◇
 「ドラマティック・レイン」や「クリスマスキャロルの頃には」を筆頭に、数々のヒット曲を持つ仙台市出身のミュージシャン稲垣潤一さん。ドラムをたたきながら歌うスタイルと独特の透明感があるハイトーンボイスで、多くのファンを獲得している。28歳でメジャーデビューし、35周年を迎えた今日まで第一線で歌い続けている。これまでの道のりを振り返るとともに展望も語ってもらった。


関連ページ: 宮城 文化・暮らし

2017年09月11日月曜日


先頭に戻る