宮城のニュース

<ツール・ド・東北2017>「生死は紙一重」語り部としてライダーに被災体験伝える

震災復興伝承館を訪れた人に被災体験を伝える早川さん(右)=東松島市野蒜

 東日本大震災で被災した宮城県沿岸で16、17日に開かれる自転車イベント「ツール・ド・東北2017」(河北新報社、ヤフー主催)で、宮城県東松島市野蒜の自治会長早川宏さん(70)が16日、語り部として被災体験を参加ライダーに伝える。震災時、家族と連絡が取れずに不安な日を過ごした早川さんは「災害時どう行動するか、大切な家族と日頃から話し合うことが大事だ」と訴える。
 早川さんは知り合いの住民と計3人で、16日実施の東松島市を巡る新設コース「奥松島グループライド&ハイキング」(70キロ)の参加ライダー約300人に順次、話をする。場所は被災したJR仙石線野蒜駅を改修した市震災復興伝承館で、パネル展示のほか被災の様子や被災者の声を収めた動画の上映もある。
 早川さんはあの日、旧野蒜小近くの自宅で大きな揺れに襲われた。石巻市の障害者就労施設に通う三男を車で迎えに行こうとしたが、道路は大渋滞。いったん自宅に戻り、ラジオを聴こうとした時に「バリバリバリ」と、大きな音を聞いたという。
 外は真っ黒の水が流れ、がれきが押し寄せていた。追われるように裏手の山に駆け上がり、そこで一晩を過ごした。難を逃れた早川さんは「もし、車の列にいたら…。生きるも死ぬも紙一重だった」と振り返る。
 海に近い市内の介護施設で働いていた妻を案じて翌日、避難所の野蒜小体育館に行ったが、姿はなかった。不安が増す中、妻と連絡がついたのは発生3日後。三男とともに無事を確認できたという。
 東松島市では震災で1066人が死亡し、いまだ24人が行方不明。家族の安否が分からないつらさは計り知れない。最も伝えたいのは災害時、最終的にどこに避難するかを家族で話し合っておいてほしいということだ。
 「避難所には家族を捜しにどんどん人が来た。一番心配するのは家族なんだ」
 自宅を修復し、語り部を始めた早川さんは、研修などで訪れる中高生らにこう強調してきた。
 震災から6年半。記憶や世の中の関心は、少しずつ薄れている。早川さんは「時がたてば、震災を忘れてしまうかもしれない。自分が経験したこと、考えてほしいことを投げ掛けたい」と話している。


2017年09月13日水曜日


先頭に戻る