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<一関市長選>原発事故汚染で「山の恵み」再生遠く 対策示せるか

原発事故の汚染廃棄物として一関市内の山中で一時保管されているシイタケの原木と表層土の袋

 任期満了に伴う一関市長選は24日の告示まで1週間となった。東京電力福島第1原発事故の影響で、今なお続く山菜、キノコなど「山の恵み」の出荷制限が地域の暮らしに暗い影を落としている。産地再生の願いに地域政治はどんな解決策を用意するのか。

 以前の一関市舞川地区は旬のタケノコが春の風物詩だった。だが原発事故で放射性物質が拡散。いまだに出荷停止が続いている。
 「最近は『タケノコまだ?』という声すら聞かれなくなった」。地元の産直施設「あいあい」を切り盛りする斎藤ゆみさん(60)がため息をついた。
 農業氏家則男さん(66)は自宅の裏山から毎年約200キロのタケノコを収穫してきた。塩漬け加工も手掛けて一定の収入を得ていたが、全て水泡に帰した。竹林が増殖しないよう「売れないタケノコ」を掘ってはみるが、「気力も体力も持たない」。
 市によると、タケノコ、ワラビ、ゼンマイなど山菜類の残留セシウムが低減する兆しは見られず、出荷再開は全く見通せないという。市に竹林除染を支援する施策はなく、ただ時の経過を待つのみだ。
 露地栽培の原木シイタケは、ようやく2015年に出荷制限が解除された。かつては300人以上が生産を手掛ける市の特産品だったが、生産再開にこぎ着けたのは28人にとどまる。高齢の生産者は汚染原木の処理という重労働に耐えられず、次々廃業した。
 再開を果たした農家も厳しい現実に直面していた。
 「風評被害で商品は震災前の半値以下で取引業者に買いたたかれ、逆に原木の価格は倍以上。収支を考えるのもつらい」
 一関市大東町の岩渕謙一さん(68)が語る。15年に干しシイタケの出荷を再開したが、原木の本数は震災前の3分の1、年間出荷量は6分の1に激減した。
 汚染廃棄物の処理も悩みの種だ。使えなくなった原木約8万本と、表層土1トンを詰めた袋500個が、所有する山林内に置かれたままになっている。
 市は昨年、新ごみ焼却場の建設推進と引き換えに、汚染廃棄物を処理する仮設焼却施設の建設を事実上棚上げにした。「このまま腐食が進めば搬出も難しくなる」と岩渕さん。処理の当てもなく雑草に覆われた原木の山が、行政の役割を問い掛けていた。
 市長選には、3選を目指す現職の勝部修氏(67)が立候補を予定している。


2017年09月17日日曜日


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