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<東北の道しるべ>「豊かさ」変わる尺度

水田に囲まれた滝沢市役所(中央)。幸福度指標をベースにしたまちづくりが進む。奥は盛岡市街地
[うちだ・ゆきこ]1975年、兵庫県宝塚市生まれ。京大大学院人間・環境学研究科博士課程修了。甲子園大専任講師などを経て、2008年に京大こころの未来研究センター助教。11年から現職。専門は社会心理学。10〜13年、内閣府「幸福度に関する研究会」委員。

 東日本大震災後、暮らしの豊かさを数値化した「幸福度指標」=?=を導入する自治体が東北でも増えている。幸福度と所得水準は相関関係にない−。米国の経済学者イースタリンが「幸福のパラドックス」と指摘したように、国内総生産(GDP)の増大を追求してきた日本は今や、グローバル経済に翻弄(ほんろう)され、格差も拡大した。本当の幸せを問う先に、経済成長とは一線を画す「東北スタンダード」が見えてくる。

◎風土、絆…「幸福」地域で考える

<実践/滝沢市>
 「市民の幸福感を育む環境づくり」
 滝沢市は2014年の市制移行後、市政運営の根幹となる初の総合計画(15〜22年度)にこううたった。早速、看板施策として幸福度指標を導入し、まちづくりに生かしている。
 15年には市民約60人でまとめた幸福実感一覧表を全戸に配布。「喜び・楽しさ」「成長・学び」「生活環境」「安全・安心」「人とのふれあい」という五つの場面ごとに、幸福感を生むとされる具体的行動を年代別に記し「やってみよう」=表=と呼び掛ける。
 一覧表はさらに11の地域別計画に落とし込まれ、幸福につながる行動を住民に促す。市全体の目標値も設け、毎年実施する市民アンケートで達成度を把握する。
 幸福度指標の導入は村制時代から検討されてきた。市制に移行してすぐの市民意向調査で、経済的な豊かさ以上に「人とのつながりを持った生活でこそ幸福を実感できる」という意識が浮き彫りになった。
 熊谷和久企画政策課長は「どう行動すれば幸せを実感できるか。市民が主体的に取り組むことを達成度の数字以上に大切にしている」と話す。

<導入/岩手県>
 岩手県は東日本大震災直後の11年4月、復興の原則に「一人一人の幸福追求権の保障」を掲げた。次期総合計画(19〜28年度)に幸福度指標を導入するため、有識者による研究会を16年4月に設置。1年半の議論を経て今月7日、最終報告書をまとめた。
 報告書は、経済成長が必ずしも幸福感につながらないという「幸福のパラドックス」に触れ、経済指標だけで社会状況を評価する限界や危うさを指摘する。
 「岩手の風土に根差した独自の幸福の捉え方がある」と強調。策定した幸福度指標には、身近な人の幸福を望むなどの「協調的幸福感」という全国ではまれな概念を加えた。
 研究会は幸福を考えるワークショップを簡単に開けるようなマニュアルやツールを開発し、県民参加を促す仕掛けもつくった。
 研究会のアドバイザーを務めた京大こころの未来研究センターの広井良典教授は「一個人で完結しない幸福の在り方を明確に打ち出したり、住民参画を重視したりするのは全国の幸福度指標でも先駆的試みになる」と評価する。

<始動/山形県西川町>
 山形県西川町は23年度までの総合計画に西川版幸福指標の創設を盛り込んだ。16年に有識者らでつくる「里山社会・文化研究所」を設立し、「西川のような里山に生きるとはどういうことか」という根本から議論を始めた。
 幸福指標づくりは「まち自慢運動」の一環。西川町は月山や朝日連峰に囲まれた豪雪地帯で、14年に実施した町自慢アンケートでは、人柄や月山、水が上位にランクされた。
 柴田知弘政策推進課係長は「収入が低くても西川に生きる代え難い価値はある。それをどう指標に結びつけるか、町民と一緒に考えていきたい」と語る。

[幸福度指標]経済的豊かさを示す国内総生産(GDP)に対し、自然、健康、文化などを多角的に捉え、心の豊かさに重点を置く指標。アンケートで得られる「主観的指標」と、統計データの「客観的指標」を組み合わせるなどして、住民の生活実感から見える幸福感を測定する。結果は行政政策の評価や立案に活用する。ブータンは国家発展の理念として1970年代から国民総幸福量(GNH)を提唱している。2011年に経済協力開発機構(OECD)が「よりよい暮らし指標」、内閣府が「幸福度指標試案」を公表した。

◎東京・荒川区 ターゲット把握し対策/高知県 「らしさ」も評価項目に

 幸福度指標を全国でいち早く導入したのは、東京の下町・荒川区だった。2005年、西川太一郎区長が「荒川区民総幸福度(GAH)」を提唱。13年から年1回、無作為抽出の4000人に指標に基づく幸福実感をアンケートし、政策形成や行政評価に生かす。
 指標は、全体の幸福実感と「健康・福祉」「安全・安心」など6分野45項目の評価。「災害に強いと感じるか」などの問いに5段階で回答し、6分野の優先度、45項目の分野ごとの重要度も答えてもらう。平均回答率は約50%。集計結果はシンクタンクの荒川区自治総合研究所が分析する。
 昔ながらの木造建物が密集し、地震や火災の危険度が高い荒川区。GAHによると、「安心・安全」の優先度は上位だが、防災性の幸福実感は低迷する。分析の結果、1人暮らしで居住5年未満の20〜30代に「災害時の絆・助け合い」の実感が薄いことが分かった。
 対策を検討した区は若い世代を共助の輪に加えるべく、ゲーム感覚で楽しむ防災訓練「あらBOSAI」を企画し、16年3月に1回目を開催した。大会運営を中学生に任せるなどし、若者や親世代が防災訓練に参加しやすい環境を整えた。
 区自治総研の檀上和寿副所長は「幸福度の活用で、ターゲットを絞った事業が展開できる。客観指標だけでなく幸福という主観も定量化し、行政に反映させることが重要」と強調する。
 「高知県民総幸福度(GKH)」は地元の土佐経済同友会が主導し、16年10月に創設された。荒川区のGAHをベースにした指標は、誰とでも酒宴を楽しむ高知特有の「おきゃく文化」を評価項目に加えるなど、地域性が色濃い幸福度だ。
 一人当たりの県民所得など経済指標では最下位「常連」の同県。だが、住民の幸福実感は決して低くなく、「高知らしい豊かさ」をGKHとして形にした。地域住民の「真の幸せ」を測る物差しとしても幸福度指標は活用されている。

◎京大こころの未来研究センター・内田由紀子准教授に聞く/指標の分析継続に意義

 「幸福度指標」が地域の新しい尺度として広がる背景や意義を、内閣府の「幸福度に関する研究会」委員を務めた京大こころの未来研究センター准教授の内田由紀子氏に聞いた。
 「豊かさ」を示す指標はこれまで経済指標の国内総生産(GDP)が一般的に使われてきた。だが2000年代になると「GDPだけでは暮らしの豊かさを測ることができない」と限界が指摘され始め、幸福度の指標づくりが活発化した。
 経済成長が見込めない時代を迎え、経済的な豊かさが人々の幸福感に結び付かなくなったことが一因。経済的に豊かでなくても、新たな生き方を模索して幸せを追求しようという意識が広がり、経済以外の側面も含め多面的に指標化していこうという動きになった。
 日本では2010年、内閣府に「幸福度に関する研究会」が発足し、指標づくりが始まった。残念ながら政権交代により12年度末で活動が中止されたが、その後は人口減少問題を背景に、自治体による取り組みが進んだ。「自然が美しい」「食べ物がおいしい」といった地域の特性を指標化。「経済的には豊かでなくても、幸せな暮らしができる町」と幸福度の高さを強調し、移住者の獲得などにつなげようとしている。
 そもそも、幸福を外から捉えることは難しい。幸せかどうかは、表情や行動を見ただけでは分からないことも多い。だから指標を使って個人に評定してもらう意義がある。
 とはいえ、行政の取り組みにおいて、単に住民の幸福度の平均値を出すだけでは、指標を十分に生かしているとは言えない。平均値を他地域と比較したり、ランキングを付けたりするだけでは、一喜一憂で終わってしまう。
 より大切なのはデータを丁寧に取り続け、詳しく分析することだ。性別や年代別の幸福度、政策分野との相関関係、人口動態や失業率など客観指標との関連性を把握し、地域の強みと足らざる部分を知ることにこそ意味がある。前より良くなったとか悪くなったとか、時系列で変化を捉えることも欠かせない。自治体による幸福度の調査は辛抱強く継続してこそ、真価を発揮したものになるだろう。

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 戦後日本に価値観の転換を迫った東日本大震災を踏まえ、河北新報社は創刊120年を迎えた2017年1月17日、次世代に引き継ぎたい東北像として「東北の道しるべ」を発表しました。災後の地域社会をどう描くのか。課題を掘り下げ、道しるべの具体策を考える特集を随時掲載します。
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2017年09月17日日曜日


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