宮城のニュース

震災で行方不明の祖母が守った味 大判焼きで古里元気に

販売開始を前に大判焼きを試作する角田さん

 東日本大震災で行方不明になった祖母の味と遺志を継ぎ、宮城県女川町出身の角田明さん(44)=仙台市若林区=が今月下旬、大判焼きの移動販売を始める。脱サラした不慣れな手つきで焼いた皮に、復活させた祖母のあんを詰めた。震災から6年半を経ての再スタート。「祖母から託された」との思いを強くする。
 角田さんの祖母康子さん=不明当時(87)=は、震災前に手作りのあんが評判の「角田ちん餅店」を女川で経営。上棟式や船の進水式など行事には祖母のあんこ餅が欠かせず、女川の古里の味だった。角田さんは中学卒業後、女川を出て仙台や三重県で暮らした。
 震災の津波は餅店を押し流し、康子さんは行方が分からなくなった。若林区に建てたばかりの自宅も被災し、店を継ぐ考えも余裕もなかった。
 1カ月後、生家でもある餅店を初めて訪れた角田さんは、店があった場所で康子さんの名前が書かれた食品衛生責任者の証明書を見つけた。
 角田さんの前に両親が何度も訪れていたが、証明書はなかった。「『店を続けてほしい』との思いを、祖母が自分に託したのではないか」。証明書は康子さんの唯一の遺品となり、納骨の際に骨つぼに入れた。
 復興に奔走する同級生に会いに女川へ戻るたび「あの味がないと寂しい。餅屋をやれよ」と言われた。
 しばらく人材派遣業の会社勤めをしていたが、いつも祖母と同級生の思いを気にかけていた。「女川のためにできることは、これぐらいしかない」と奮起。大判焼きの移動販売で、祖母のあんを復活させる決意をした。
 中古車を購入し、手作業で銅板の焼き台を完成させた。あん作りは祖母を手伝った父新平さん(71)からアドバイスを受けた。「小さい時から見ていたのに実際にやってみると大変。ようやく及第点のあんができた」と角田さん。
 販売開始が迫り、課題は焼きの作業。「イメージトレーニングでは、うまく焼けるんだけど」と笑いながら「女川だけでなく他の被災地も回り、祖母の味で元気づけたい」と意気込む。


2017年09月19日火曜日


先頭に戻る