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妻子気遣う手紙、従軍カメラマンの写真…戦時中の記憶後世へ「戦争と暮らし」展

資料館で戦死した父の手紙を読む菊地祥一さん
故佐藤さんが撮影した中国での写真。第十三師団の行軍。(角田市郷土資料館提供)
故佐藤さんが撮影した中国での写真。1940年6月12日、宜昌に入城した師団の兵士たち(角田市郷土資料館提供)

 宮城県角田市の戦時中の記憶を後世に伝えようと、市郷土資料館で「昭和の戦争と暮らし展」が開かれている。日中戦争に出征し、戦地で妻子を気遣う兵士の手紙のほか、従軍カメラマンとされる角田出身者が撮影した写真も紹介する。同資料館での戦争関連の展示は初めて。

 1937年7月の日中戦争勃発に伴い同年9月に召集された同市高倉の軽機関銃兵、故菊地慶蔵さんの遺品が目を引く。
 今回解読された38年1月4日付の妻宛ての手紙には、地元斗蔵山の寺社のお守りが届いたこと、子どもの夢を見たことがつづられている。慶蔵さんは「花の盛りには凱旋(がいせん)できることと思われます」としたためたが、同年9月、砲弾の破片を受けて戦死した。
 夢に登場した長男の祥一さん(84)は出征当時4歳で、父の記憶はうっすらとしか残っていないという。祥一さんは「当時は戦意高揚のため戦死が美化されたが、なぜ父が死ななければならなかったのかと思うと悔しい。父の家族への思いを知ることができ、ありがたい」と話す。
 慶蔵さんの軍隊手帳、武功のあった軍人に贈られた金鵄(きんし)勲章、寄せ書きが記された日章旗なども並ぶ。
 戦後、角田で写真館を開いた故佐藤一郎さんは、上海や南京などに赴いた旧陸軍第十三師団にカメラマンとして従軍したとみられる。会場に掲示された佐藤さんの写真約60点は、占領した中国湖北省宜昌(ぎしょう)への入城や行軍の様子、慰問団の来訪など兵士の日常を写し出す。
 資料館調査員の浜須保雄さん(63)が、市内の戦争体験者10人に聞き取りした徴兵検査や食糧事情などについての証言もパネルで披露。もんぺや防空頭巾の試着、千人針の体験コーナーもある。
 浜須さんは「戦争の記憶を残すのは、ラストチャンスだろう。日常生活が徐々にむしばまれ、戦争に組み込まれていく様子が展示から分かる。戦地と銃後の角田の暮らしを広く知ってほしい」と話している。
 11月12日まで。入館無料。連絡先は資料館0224(62)2527。


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2017年09月23日土曜日


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