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<あなたに伝えたい>「すがとよ」ののれん未来へ

創業の地、気仙沼市鹿折地区に再建した「すがとよ酒店」を切り盛りする文子さん

◎菅原文子さん(気仙沼市)豊和さん、豊太郎さん、のり子さんへ

 文子さん お父さん、じいちゃん、ばあちゃん。震災発生から6年半が過ぎました。気仙沼市内の別の地域にあった仮設店舗を経て昨年12月、創業地の鹿折地区に「すがとよ酒店」を再建できました。私にできることは、4代目の長男豊樹(43)まで続いているお店ののれんを守ること。自らにそう言い聞かせ、悲しみや苦労を乗り越えてきました。
 お父さん、よく言っていたね。「俺、鹿折が大好きだから、離れない」って。お父さんが見つかったのも鹿折。いろんな偶然が重なり、発見された場所に今のお店を再建できました。「お父さんが導いてくれたんだな」。家族みんな、そう思っています。
 この6年半、心の中でお父さんに毎日、語り掛けてきました。「商売、これでいいよね、間違いないよね」って。姿は見えなくても、ずっとお父さんがそばにいると感じています。
 じいちゃんは常に頭脳明晰(めいせき)で、デイサービスにもブレザーを着て、胸ポケットにチーフを入れ、おしゃれをして通っていました。ばあちゃんは縫い物が得意で、つんぬき(綿入り袖無しはんてん)を一冬に10枚も縫って親類に配っていました。たくさんの思い出をもらいました。感謝しています。
 19年にお店は創業100周年を迎えます。「鹿折と言えば『すがとよ』」と今も地域の人に言われます。長い月日をかけて根を張ってきた鹿折で、頑張って「すがとよ」ののれんを未来へつないでいくからね。

◎お父さんの大好きな鹿折に再建

 菅原豊和さん=当時(62)=、豊太郎さん=同(91)=、のり子さん=同(89)= 酒店を営んでいた豊和さんは父豊太郎さん、母のり子さん、妻文子さん(68)ら家族と8人で気仙沼市鹿折地区の店舗兼自宅で暮らしていた。東日本大震災の津波は店と自宅を襲い、豊太郎さんとのり子さんは2階自宅で遺体で見つかった。豊和さんの遺体は2012年6月、自宅から約100メートル北の市営住宅解体現場で発見された。


2017年10月01日日曜日


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