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<ニッポンで共に生きる>信頼築き 心の支えに

自前で用意した教材を使い、サーヘル君(右)に時計の読み方を教える篠沢さん=大崎市田尻小

 日本に住む外国人が増え、外国にルーツのある子どもが公立の小中高校で学ぶケースが珍しくなくなった。その一方で日本語を理解できないまま、異なる文化の中で必死に生きる子どもが少なくなく、学校の教師や支援団体が中心になって懸命にサポートする。宮城県の現状を取材し、課題を探った。(生活文化部・越中谷郁子)

◎外国にルーツある子の今(3)サポーター

<ペースに合わせ>
 宮城県の外郭団体、県国際化協会(MIA)は、日本語理解が不十分な子どもに特化したサポートセンターを設け、日本語や教科学習の支援や通訳を行うサポーター(1回2時間、最大40回)を派遣している。
 サポーターの一人、大崎市の篠沢健一さん(69)は、田尻地区に住む子どもの支援に忙しい日々を送る。「信頼関係が大事。勉強が嫌にならないように間の取り方を考えながら、繰り返し繰り返しやって見守ります」
 7月までは週2回、田尻小に通うパキスタン出身の3年生ガハン・サーヘル君(8)に日本語を教えた。サーヘル君は2013年に家族で来日し、15年に入学。日常会話には不自由しないが、読み書きに苦戦する。
 6月下旬、クラスから離れて別室で行われた篠沢さんの指導。平仮名表を見ながら一緒に読む、2年生の漢字を書く、時計を見て時刻を読む−。篠沢さんが自前の教材を使い、サーヘル君のペースに合わせてゆっくり教える。
 まるで祖父と孫のような穏やかな雰囲気が漂う。サーヘル君は「篠沢先生と勉強して分かるようになってきた」と笑顔を見せた。篠沢さんの丁寧な指導と優しい人柄に保護者からの信頼も厚いという。

<80時間では不足>
 篠沢さんは、4年前から子どもに日本語を教える。定年退職後、中国語をじかに話したいと日本語教室に顔を出したとき、ある中国人の子どもと接した。「こんなに日本語が分からない状態で授業を受けているのか」と驚き、「なんとかしないと」と思った。
 MIAには15年に登録。「1人80時間の支援では足りない。勉強についていけるようになるには、少なくてもその倍の時間が必要ではないか」と感じている。
 昨年は、ベトナム出身の女児もサポートした。「日本ごをおしえてくれてありがとう。これからもがんばります」。最後の日にくれた手作りの色紙には、丁寧な字でそう書いてあった。「うれしかったですよ。宝物になりました」
 外国人向けの相談センターや日本語教室を手掛けるMIA。サポートセンターが開設されたのは11年前で、現在サポーターは約110人いる。外国語ができるか外国人に日本語を教えたことがある日本人、日本語がある程度話せる外国人が登録する。
 総括マネージャーの大泉貴広さんは「サポーターがいない地域でも、なんとか人を探して派遣しています」と説明する。昨年は宮城県全域で31校計33人の児童生徒を支援した。
 学校で口を閉ざし誰とも話をしなかった子が、サポーターに「自信がなくて話せなかった」と打ち明け、それ以降、心を開いて少しずつ話すようになったケースもあったという。
 「派遣して日本語が劇的に上手になるわけではない。1人の子に付いてきちんと見てあげることで、その子の精神的な支えになれることが大きい」と大泉さんは意義を話す。

[メモ]宮城県や仙台市などは、学校長の要請に基づき、英語や子どもの母語ができる人を学校に派遣する事業を行う。仙台市の指導協力者派遣(1回2時間、最大30回)は1994年にスタート、2016年度は児童生徒43人に協力者31人を派遣した。仙台観光国際協会(SenTIA)は本年度、子どもの編入学の時点でベテランコーディネーターを学校に派遣し、教諭、協力者と効果的な支援方法を検討する事業を始めた。


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2017年09月22日金曜日


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