宮城のニュース

<ニッポンで共に生きる>「きょうだい」で勉強

オープンスペースで一緒に勉強するマージーさん(左)と大野さん=仙台市青葉区のエル・ソーラ仙台

 日本に住む外国人が増え、外国にルーツのある子どもが公立の小中高校で学ぶケースが珍しくなくなった。その一方で日本語を理解できないまま、異なる文化の中で必死に生きる子どもが少なくなく、学校の教師や支援団体が中心になって懸命にサポートする。宮城県の現状を取材し、課題を探った。(生活文化部・越中谷郁子)

◎外国にルーツある子の今(4)2人一組

 仙台市で10年以上、外国にルーツのある子どもに寄り添い続ける市民団体がある。「外国人の子ども・サポートの会」だ。サポート会員の大学生らが支援の必要な子どもとペアを組み、1年間マンツーマンで学習を支える。

<活動オープンに>
 代表の田所希衣子さんは「長い時間をかけてゆっくりゆっくりやっていくのが大切。会員には、きょうだいと一緒にいるような気持ちで、と常々言っています」と話す。現在、小中高校生や、学校に通えず自力で高校進学を目指す子どもら計53人をサポートしている。
 活動拠点は青葉区のエル・ソーラ仙台の交流スペース。勉強する姿を市民が見て関心を持ってもらうため、あえてオープンスペースを使う。
 平日の夕方や土日になると、テーブルのあちこちで勉強が始まる。フィリピン出身で仙台大志高1年のアドビンクラ・マージーさん(18)は、宮城教育大2年の大野萌二花(もにか)さん(20)と今年4月からペアを組む。
 家庭科の教科書を復習する時間。マージーさんが「就職って何?」と聞くと、「get a job」と大野さんが英語で返す。マージーさんが「finding a job?」と確かめると、大野さんが大きくうなずいた。「年も近いし、大好きです」とマージーさん。2人は顔を寄せ合って笑い、楽しそうだ。
 マージーさんは2015年、母国で通っていた高校を卒業、母親に呼び寄せられ来日した。日本語は全く分からなかった。宮城県国際化協会(MIA)の日本語教室で1年間勉強した後、会の支援を受けて仙台大志高に合格した。
 「高校に行く前は日本語に自信がなくて、最初の一言が出てこなかった。入学したら同級生が話し掛けてくれて、もっと話そうと思った」とマージーさん。「学校に行けてよかった。毎日楽しい。将来はキャビンアテンダントになりたい」
 大野さんは外国人と交流するのが好きでサポーターになった。「頑張っているマージーを見ると、自分も頑張ろうと思える。英語より日本語を話す割合が最近増えた」と変化を喜ぶ。

<習得 中途半端に>
 会は05年、田所さんが中心になって設立した。サポート会員は60〜70人で、7割が教員や日本語教師を目指す大学生だ。スキルアップのための勉強会や教材作りも定期的に行う。
 「必要とされることを実現する−。その繰り返しでこれまでやってきた」と田所さん。サポートを「卒業」した子どもは4人が社会人、8人が大学生になった。
 田所さんが今心配するのは、日本で生まれた外国にルーツのある子どもの環境だ。親の母語と日本語が入り交じった生活の中、両方とも習得できず中途半端な状態に陥る可能性があるからだ。会話はできても読み書きにつまづき、高校進学が難しくなるケースが見受けられる。
 田所さんは「特に名前が日本人のようだと、見過ごされることもある。子どもは困ってもなかなか声を上げられない。誰かが気付いて動いてあげないと」と指摘する。

[メモ]仙台市では、外国にルーツのある子どもたちのための日本語教室「さっと日本語クラブ」が毎週土曜開かれている。主催しているのは、市中央市民センターと仙台観光国際協会(SenTIA)、NPO法人「国際都市仙台を支える市民の会(ICAS)」。現在、25人が小学低学年、高学年、中学生の3グループに分かれ、講師のICASメンバーから学んでいる。


関連ページ: 宮城 社会

2017年09月27日水曜日


先頭に戻る