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<ニッポンで共に生きる>後輩のため 経験還元

進路ガイダンスで司会をする金さん=仙台国際センター

 日本に住む外国人が増え、外国にルーツのある子どもが公立の小中高校で学ぶケースが珍しくなくなった。その一方で日本語を理解できないまま、異なる文化の中で必死に生きる子どもが少なくなく、学校の教師や支援団体が中心になって懸命にサポートする。宮城県の現状を取材し、課題を探った。(生活文化部・越中谷郁子)

◎外国にルーツある子の今(5)恩返し

 7月下旬、仙台市青葉区の仙台国際センターであった「日本語を母語としない子どもと親のための進路ガイダンス」に、韓国出身で宮城大4年の金兌映(キムテヨン)さん(24)がスタッフとして参加していた。
 高校の種類、合格するためにどんな勉強や手続きが必要かを通訳を通して学ぶガイダンス。「自分も8年前、聞く立場でここにいました。先輩の話を聞いて、ぜひ自分のストーリーを作ってください」。外国にルーツのある高校生が受験体験を語るコーナーで司会を務め、参加者にこう呼び掛けた。
 終了後は、子どもたちに「どこから来たの? 名前は?」と積極的に声を掛けた。「硬い話は終わり。ゲームしよう」と自らまとめ役となり、交流を図った。

<違う文化と葛藤>
 金さんがスタッフになったのは、ガイダンスの実行委員長で「外国人の子ども・サポートの会」(仙台市)代表の田所希衣子さんを恩人と慕うからだ。「会のサポートがなかったら、今の自分はいない。自分の存在をつくってくれた人だから、恩返ししたいと常に思っている」と力を込める。
 金さんは2009年秋、16歳で韓国から来日し、仙台で仕事をしていた母の元で生活を始めた。周囲の反対を押し切って希望をかなえたものの、日本語が全く分からず苦労する毎日。そんな中、ガイダンスに参加して田所さんと出会い、会のサポートを受けた。
 「勉強はもちろんですが、一番お世話になったのは、カウンセリングの部分」と金さんは言う。生活する上で、韓国では良いことが日本では駄目だったりする。二つの文化のはざまでどうしたらいいか分からず、葛藤や混乱があった。
 言葉の通じないことが何よりのストレスだった。日本語教室などでも学んだが、最低限の会話ができるようになるまで6、7カ月かかった。
 「サポーターの前で唯一、自分の気持ちを吐き出すことができた。それでリセットしてまた頑張ろうと思えた。大学進学まで支えてもらった」

<今は支える側に>
 金さんは、受験時に社会と理科の免除、1科目20分の時間延長を受けて、10年3月に宮城広瀬高に合格。3年後、宮城大事業構想学部に進学した。
 大学生になり、支えられる側から支える側に回った。進路ガイダンスなど関連イベントでスタッフとして協力するほか、会のサポート会員になった。今まで担当したのは3、4人。経験を踏まえ、カウンセリングに力を入れた。「決して一人ではない、味方がたくさんいると伝えたかった」と語る。
 今は国と国をつなぐ懸け橋になりたいと、グローバルな人材の育成、教育を手掛けたいという夢を持つ。
 「夢を追う一番の方法は失敗すること。失敗から学び学んだことを実践すれば夢は近づく。一度しかない人生。どんなことがあっても、自分を信じて思いきり楽しもう」。後輩たちに、そう伝えたいという。
 金さんは夢に向かって8月中旬、アメリカ留学へ出発した。

[メモ]外国にルーツのある子どもの高校進学率は、正式な統計はないが、5割程度と言われている。日本語能力が不十分な場合、宮城県では県立高受験の際に科目を減らす、時間を延長する、などの特別措置を受けられる。出願前に高校に申請し、高校が試験方法について決める。福島県は県立の全日制7校に特別枠を設け、来日3年以内を条件に面接や作文などで受験できる。


関連ページ: 宮城 社会

2017年09月28日木曜日


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