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<大川小訴訟>裁判官きょう現地視察 控訴審、学校の「事前防災」焦点

震災発生直後に児童が学年ごとに校庭で待機していた様子を再現する遺族ら=1日、石巻市釜谷の大川小

 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が、市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、仙台高裁の裁判官3人が4日、現地を視察する。控訴審は震災前の学校防災の在り方が焦点。一審でも実施された現地視察の結果は判決に色濃く反映されており、遺族や市関係者らが注視している。
 視察を控えた1日午前、遺族約20人が大川小に集まった。震災前と直後の様子をイメージしやすいように児童の避難ルートや津波到達地点に案内板などを設置。遺族が列をつくり、震災当日の避難行動を再現する練習もした。
 4日は小川浩裁判長らが校庭を訪れ、教職員と児童が津波襲来直前に向かったとされる北上川堤防付近(三角地帯、標高約7メートル)を経由し、さらに約500メートル先の林道付近までを徒歩で確かめる。
 2015年11月、一審での現地視察で仙台地裁の裁判官3人は革靴のまま校舎近くの裏山を登り、傾斜や津波の高さを確認。後の判決で「小走りで1分、徒歩でも2分程度で避難できた」と指摘し、「教員は児童を裏山に避難させる義務を負っていた」と結論付けた。
 裏山は一審で十分確認済みと高裁が判断したとみられ、今回は視察ルートに含まれていない。高裁が一貫して「事前防災」の是非に着眼していることも背景にある。
 大川小は危機管理マニュアルで避難場所を「近隣の空き地・公園等」と記すにとどめ、具体的な場所を定めていなかった。高裁は今回の視察箇所を避難場所の一つとしてマニュアルに明記すべきだったかを検討し、震災前の市や学校の組織的責任を判断する見通しだ。
 大川小3年の長女未捺(みな)さん=当時(9)=を亡くした只野英昭さん(46)は「距離感を実際に体感してもらい、どうすべきだったのかを遺族として伝えたい」と話した。


2017年10月04日水曜日


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