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<ほっとタイム>大凶作経て深まる縁

パルシステムの組合員らと談笑する高嶋さん(左)=宮城県美里町のバラ園

◎宮城の農協、首都圏生協と交流20年

 平成の大凶作(1993年)を機に深まった縁が20年の節目を迎えた。みどりの農協(宮城県美里町)は7、8日、パルシステム生協連合会(東京)の組合員と恒例の交流会を大崎市田尻などで開いた。
 大凶作の2年前、合併前の旧小牛田農協はパルシステムの前身の首都圏コープ事業連合と特別栽培米の直接販売契約を結んでいた。国はコメの県外出荷を制限。「約束は守らねば」。組合長の判断で首都圏コープに出荷した。
 担当だった高嶋秀治さん(60)=美里町=は「ひとめぼれをかき集めて送った」と当時の緊迫ぶりを振り返る。首都圏コープ子会社の仕入れ担当だった野村和夫さん(62)=東京都=は「何とか組合員に国産米を届けることができた」と今も感謝する。
 交流会はその4年後、信頼をさらに深めようと始まった。7日は神奈川県の25人が生産者の案内で脱穀を体験し、バラ園を見学した。「パルシステムは特別な存在」。高嶋さんら当時を知る職員の多くは定年を迎えたが、顔の見える関係は次代に受け継がれている。
(報道部・門田一徳)


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2017年10月22日日曜日


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