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<楽天>初代「ミスターイーグルス」 創設以来13年支える

球団創設初年度、本拠地初戦の1回、先制ソロを放った礒部氏=2005年4月1日、フルスタ宮城(当時)

 13年にわたり、東北楽天を支え続けた「ミスターイーグルス」がユニホームを脱ぐことになった。
 球界再編問題が起きた2004年の秋。球団数の縮小をもくろむ経営陣に近鉄の選手会長として真っ向から挑み、東北楽天の新規参入による12球団維持を勝ち取った。当時、記者会見で涙を流し、合併球団行きを拒否して東北楽天を選んだ礒部氏の姿は多くの野球ファンの心に残った。
 球団創設とともに初代主将と選手会長に就任。05年4月1日、フルスタ宮城(現コボパ宮城)での本拠地開幕戦では一回、バックスクリーンへ球団第1号の本塁打を放ち、チームの仙台初勝利に貢献した。
 「寄せ集め集団」とやゆされた東北楽天はこの年、38勝97敗1分けと歴史的な惨敗を喫した。バラバラになりそうなチームをまとめ、「一試合一試合、トーナメントのような気持ちでやっていこう」とチームメートを鼓舞。現役引退後は1、2軍のさまざまな担当コーチを幅広く務め、若手の育成に努めた。
 昨季、近鉄時代に選手、監督として共に戦った梨田監督の就任に伴い1軍打撃コーチに昇格した。近鉄消滅から10年以上の時を経て、「東北楽天は近鉄の生まれ変わり」と話す梨田監督の下で2年間コーチとして仕え、今季はチームを4年ぶりのAクラス(3位以内)入りに導いた。(浦響子)


2017年10月24日火曜日


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