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<あなたに伝えたい>12月も1人増え孫は6人に

復興工事が進む南三陸町志津川中心部近くの漁港で、所有する釣り船を整備する一徳さん

◎佐々木一徳さん(宮城県南三陸町)トシエさんへ

 一徳さん 家族を思いやる優しい妻でした。誕生日に「好きなものを買って」とお金を渡しても、「家族で外食する時に使う」と言って取っておくような人。立ち仕事で足腰が痛くても、孫を膝に乗せてご飯を食べるのが好きでした。
 結婚して長女が生まれた後、私は約20年間、関東に出稼ぎに出ていたので、家のことは任せきり。本当に苦労を掛けたな。落ち着いたら2人で沖縄旅行に出掛けたかったよ。
 子どもの意思を尊重して4人を立派に育て、友達のような親子関係でした。子どもたちは実家を出た今も町内に住み、私を支えてくれています。全部、あなたのおかげです。
 震災の当日、あなたは南三陸町志津川にあるスーパー「サンポート」の総菜屋で勤務中でした。翌日は一番下の中学3年だった次男の卒業式。「やっと2人そろって出席できる」と楽しみにしていました。
 行方不明になって以降、おなかをすかせていると思い、リュックに乾パンとジュースを詰めて毎日、避難所から捜しに出ました。無事を祈っていましたが、震災の翌月、自宅から近い新井田川で見つかりました。
 あなたを亡くし、「生きている意味がない」と落ち込みました。体重は25キロ減りました。でも孫たちの笑顔に救われて、ここまでやってこられました。
 震災から6年半で孫が2人から5人に増え、12月にはもう1人加わります。天国でさぞ喜んでいるでしょう。これからも家族を見守ってください。

◎孫を膝に乗せての食事が好きだった妻

 佐々木トシエさん=当時(54)= 宮城県南三陸町志津川に夫一徳さん(59)と所帯を構え、男女4人の子に恵まれた。東日本大震災時は一徳さん、長女夫婦と孫、次男と6人暮らしだった。志津川地区中心部の勤務先から車で自宅へ向かう途中、津波に襲われたとみられる。


2017年10月29日日曜日


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