宮城のニュース

<この人このまち>身近な情報 提供続ける

昆野龍紀(こんの・たつき)1958年気仙沼市生まれ。東海大工学部卒。2011年3月、臨時災害FM放送局を運営するNPO法人代表に就任。16年11月からラヂオ気仙沼社長。

 東日本大震災直後に誕生した気仙沼市の臨時災害FM局「けせんぬまさいがいエフエム」が7月、コミュニティーFM「ラヂオ気仙沼」として再出発した。運営会社ラヂオ気仙沼社長の昆野龍紀さん(59)は、地域に根差した情報の提供に力を注ぐ。(気仙沼総局・大橋大介)

◎ラヂオ気仙沼社長 昆野龍紀さん(59)

 −開局から3カ月余り。地域への浸透度は。
 「どれだけ聞かれているかの指標として公式ツイッターのフォロワー数が参考になります。3カ月で2264に達し、先行して開局した県内のあるコミュニティーFMよりも多い数字。聞いてもらっている証拠で、手応えを感じています」

 −臨時災害FMは大半が終了しました。なぜ継続しようと思ったのですか。
 「運営費は年間約2400万円。登米市など他地域のFMを参考に、気仙沼の企業数や人口を考えれば広告収入などが十分に見込めると踏みました。市内全域で聞くためのアンテナを市が整備してくれたことも大きい。市からは行政情報を流す番組放送料として1000万円以上受け取っています」

 −番組内容に変化は。
 「自前の生番組が増えました。市に運営を委託された災害FMでは職員の勤務時間も決められていました。パートも含めて以前より多くの職員を雇い、シフト制を組めるため、朝、夕の時間帯に生番組を流せるようになりました。関わる人数が多く内容も多彩です」

 −安定経営のためには広告収入が鍵を握ります。
 「気仙沼の人はラジオに広告を出した経験がないので、ラジオCMを試してもらうために、7〜9月は1本2000円(20秒)のCMを1社につき20本分、無料にしました。CMは全部スタッフの手作り。スナックや魚屋さんなど約200件の申し込みがありました。年間広告の確保も課題で、県外の企業にも呼び掛けようと考えています」

 −災害時の対応はどうしていますか。
 「北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて全国瞬時警報システム(Jアラート)が作動した際は、休校情報などを流しました。ただ、9月18日未明の台風18号のような真夜中の災害には今の人員では対応できません。今後、詳細な交通情報なども求められるでしょう」

 −今後の目標は。
 「地域にとっては大きなメディアと細かい情報を伝える小さなメディアが混在した方がいいと思います。例えば、『子犬が生まれたからもらって』といった情報まで流せるのがコミュニティーFMの面白さ。住民が楽しめる番組を作り、ファンを増やしたいですね」


関連ページ: 宮城 社会

2017年10月30日月曜日


先頭に戻る