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故郷追われ子牛に希望 原発事故で避難の男性、和牛繁殖農家に

生後3カ月になった「みのり」を世話する横田さん

 東京電力福島第1原発事故で南相馬市から山形県川西町に一家で避難、移住した横田健一さん(42)が和牛繁殖農家として奮闘している。町の新規就農者に認定されて3年目。実家は福島第1原発が立地する福島県双葉町にある。故郷を追われた悲しみを乗り越えようと、憧れだった牛飼いの仕事から未来を切り開こうとしている。

 横田さんは震災の6年ほど前から、会社勤めの傍ら専業農家のいとこの牛の世話を手伝っていた。子どもの頃から動物好きだったこともあり、肉体的にきつい半面、やりがいのある畜産の仕事に漠然と憧れを抱いていたという。
 転機は震災直後。避難先の川西町で2012年5月から約3年間、町臨時職員として畜産関係の仕事に携わった。町は県内有数の和牛生産地。仕事で畜産農家と親しくなるにつれ、牛飼いへの憧れが強まった。
 働きながら知識と経験を身に付け、使われなくなった町内の牛舎を農地を含めて借り受け15年2月、町の認定新規就農者第1号として繁殖農家となった。
 現在、メスの親牛20頭を飼育。これまで子牛十数頭を市場に出荷した。今年7月には、子牛から育てた母牛が初めて出産。横田さんは将来に希望を託して「みのり」と名付けた。
 全国で和牛の子牛不足が深刻化する中、若手繁殖農家の横田さんは地元にとって頼もしい存在。早朝に起きて餌を与え、牛舎内を清掃する。餌となる稲や牛舎の管理、牛の体調観察など作業は晩まで続く。
 厳しい労働環境だが、横田さんは「1人で何役もこなすのは大変だが、会社員時代には味わったことのない充実感がある」と話す。
 古里の双葉町には戻れないと確信している。「故郷をなくした喪失感は、いつまでも消えない」と横田さん。
 農家の高齢化に伴う担い手不足や揺れ動く農政に明るい未来は描きにくい。それでも「今を見つめ、ここで一生踏ん張っていくしかない」と語る。


2017年10月30日月曜日


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