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<独眼竜挑んだ道 生誕450年>エピローグ(中)時代を選ばぬスター

「仙台城の石垣が大好き。建物が残っていなくても、想像力を膨らませて楽しむことができます」と語る堀口さん=東京・千代田区のTOKYO MX
政宗が開削に関わった仙台堀。現在の神田川は、飯田橋駅から秋葉原駅付近までかつてこう呼ばれていた=東京・お茶の水橋から飯田橋方面を望む

 生誕から450年の時を超えて伊達政宗が多くの人を引きつけるのはなぜか。次世代に何を伝えるべきか。血筋を継ぐ人や識者に尋ねた。

◎タレント・歴史作家 堀口茉純さん(34)

 −堀口さんはさまざまなメディアを通じて日本史の面白さを発信しています。伊達政宗と出会ったきっかけは何ですか。
 「NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』でした。1987年の放送なので物心つくかつかないかの頃。主演の渡辺謙さんがかっこよくて、家族みんなで憧れていました。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康との年齢差を考えれば、確かにあと10年早く生まれていれば天下取りに絡んだかもしれません」

 −やはり残念な「遅れてきた武将」なのでしょうか。
 「才能豊かな政宗はどの時代に生まれたとしてもスターになる人。最近はむしろベストなタイミングで歴史に登場したのではと考えるようになりました。関ケ原の合戦(1600年)は34歳、70年の生涯半ば。戦国と江戸の両方の時代をほぼ同じ年数生きています。前半生で上を目指し、後半生はそのエネルギーを内に向けて国づくりに励んだ。趣味も多く、いろんな時間の使い方を知っています。例えば真田幸村のように戦国でしか生きられなかっただろうなと思える武将もいる。政宗は次の時代に順応していける柔軟な個性の持ち主でした」

 −天下取りの野望をどう見ますか。
 「天下と聞くとつい日本全国を想像しますが、当時は畿内や近畿を指す言葉でした。それぞれが自分の国を中心とするエリアの平定に集中していたはず。政宗の天下志向はよく言われますが、果たしてどこまでの範囲を想定していたのか疑問です」
 「戦国末期はどうにかしてこんな時代を終わらせたいと、みんなが落としどころを探していました。誰かに任せるとして年齢的にも経験的にもふさわしいリーダーは家康。ここでひと戦起きれば、またたくさんの人が死ぬ。政宗の領国統治を見ると、あえて戦を選ぶより平和的志向が強い人だったんじゃないかと個人的には感じますね」

 −有数の大大名になった政宗は、将軍家康にとってどんな存在でしょうか。
 「家康は一つの時代を終わらせた人であり、新たにつくりだした人。『関ケ原』後のビジョンを明確に示せたからこそ、多くの人がついていった。同じことを政宗も東北で実践していた気がします。江戸も仙台も、ほとんど何もないところから国づくりが始まりました。親子ほど年が離れていますが、お互いに警戒し合いながらも、パイオニア精神などの共通点を見いだしていたのではないでしょうか」

 −2代秀忠、3代家光にも仕えました。
 「幕府草創期の3人を支える重要なポジションにずっといたのが政宗です。少し年下の秀忠に頼られ、家光には『おやじ殿』と呼ばれるほど。家光にとっては尊敬する家康と同時代を生き、戦国のいいイメージを教えてくれる存在だったのでしょう」

 −魅力は他にもありますか。
 「自己演出力ですね。小田原参陣で秀吉に初めて謁見(えっけん)するときの死に装束のエピソードが印象的です。単なる目立ちたがり屋ではなく、TPOをわきまえた上で秀吉が喜びそうなことを分かってやっています」

 −江戸好きの立場でお薦めスポットを。
 「東京で政宗ゆかりなら、私が一番好きな風景はJR総武線の御茶ノ水駅辺りの神田川。もともと江戸城の外堀で、神田台という台地を切り開いて通しました。幕命でその普請に当たったのが政宗です。かつて仙台堀と呼ばれていました。よく見るととても深い谷です。江戸初期にこれだけの土木工事を成し遂げた仙台藩の実力に驚きます。東京にいながら、政宗が生きた時代と仙台藩を身近に感じられる場所です」

(生活文化部 阿曽 恵・写真部 岩野 一英)

【ほりぐち・ますみ】1983年東京都生まれ。明治大文学部卒。江戸文化歴史検定1級の最年少合格記録(25歳)保持。NHKラジオ第一「DJ日本史」、TOKYO MX「週末ハッピーライフ!お江戸に恋して」にレギュラー出演。著書に「江戸はスゴイ 世界一幸せな人びとの浮世ぐらし」など。


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2017年11月01日水曜日


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