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おかえり被災地荒浜の野菊 江戸期の女性文学者を縁に愛知から帰郷

野菊の移植を終えた門さん(左から3人目)、勝山さん(同4人目)と元住民ら

 仙台市若林区荒浜に自生していた野菊が1日、18年ぶりに古里に帰ってきた。以前この地を訪れた愛知県大府市在住の作家・女性史研究家の門(かど)玲子さん(86)が摘んで帰り、大切に育ててきた。門さんが取材していた仙台藩の女性文学者只野真葛(まくず)(1763〜1825年)が取り結んだ縁。「東日本大震災の津波被災地のささやかな彩りになれば」と元住民らが見守る中、移植が実現した。
 荒浜海岸近くの交流拠点「里海荒浜ロッジ」の花壇に、薄紫色の花を付けた5株が植えられた。愛知から駆け付けた門さんは「元気に根付いて、皆さんが昔を思い出すきっかけになればうれしい」と語った。
 門さんが荒浜を訪れたのは1999年。真葛の紀行文「ながぬま道記」をたどる旅だった。足元で一輪だけ咲いていた野菊に心を引かれ、丈10センチほどの株を持ち帰った。「真葛菊」と名付けて自宅の庭に植えると、どんどん繁殖したという。
 最近になって仙台との交流が復活する。真葛が書いた奇談集「奥州ばなし」の現代語訳版を作家の勝山海百合さん(50)=奥州市出身、川崎市在住=が荒(あら)蝦夷(えみし)(仙台市)から出版。巻末企画で勝山さんとの対談に登場したことがきっかけだ。その際に門さんが真葛菊の存在を伝え、同行した編集者に鉢植えにして託した。
 移植に先立ち、里海荒浜ロッジで門さんと勝山さんが元住民約30人を前に講話した。門さんは「真葛が生き生きとつづった荒浜の土地が全て塩をかぶったと聞き、胸を痛めていた。真葛菊をお返しできてほっとしている」と話した。
 荒浜に自宅があった渡辺学さん(72)=若林区=は「荒浜が文学に書かれていたとは知らなかった。よく咲いていた懐かしい花なので、たくさん増えてほしい」と喜んだ。
 真葛は江戸の仙台藩医で「赤蝦夷風説考」を書いた工藤平助の長女。藩士只野伊賀の後妻となって仙台に移り、「みちのく日記」「独考」などを著した。江戸時代の数少ない女性文学者、思索家として研究者の間で注目されている。


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2017年11月02日木曜日


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