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<あなたに伝えたい>ラブレター読んでいますか

再建した自宅で、夫に宛てた「返事のないラブレター」を見詰めるかつ子さん=宮城県亘理町

◎橋本かつ子さん(宮城県亘理町)から功さんへ

 かつ子さん 私が言うのも何だけど、大工の腕前は良かったと思います。数百軒の家を建てました。もちろん、自分の家も。「どんなことがあっても、おらいはつぶれない」と言っていたけれど、津波には勝てませんでした。
 あの日、孫や近所に住む私の妹夫婦と避難しようとしていました。がんを患っていたお父さんは、体が思うように動かなかったこともあり、「お前たちだけ逃げろ」と言いました。自分は2階に避難するから大丈夫だと思ったのでしょう。家と一緒に流され、遺体は1カ月後に近所で見つかりました。私たちは荒浜小に避難して助かりました。お父さんが助けてくれたと思っています。
 お父さんの下には、後を継いだ長男の他に、住み込みの弟子が常に3、4人いました。ご飯を作ってお世話をするので私も大変でした。けんかもたくさんしたけれど、亡くなれば嫌な所は消えてしまうものです。
 震災の翌年から、お父さんに手紙を書くようになりました。親類が亡くなった時は「天国でお酒を飲んで、仲良くしてね」と書きました。孫が成人したり、結婚したりした時も、もちろん報告しました。封筒に「返事のないラブレター」と書いて、便箋を入れています。
 お父さん、夢にあまり出てきてくれないね。昨年は1度だけでした。「お父さん?」と背中をたたいたけど、顔も見せないで行ってしまいました。
 手紙、天国で読んでいますか? 返事はないけれど、いつも近くにいるような気がしています。

◎いつも近くにいるような気がする夫

 橋本功さん=当時(78)= 宮城県亘理町荒浜の自宅で妻かつ子さん(80)、長男夫婦、孫2人と6人暮らしだった。長く大工の棟梁(とうりょう)をしていた。還暦を過ぎて一線を退き、孫の成長と晩酌を楽しみに暮らしていた。自宅にいて東日本大震災の津波に巻き込まれた。


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2017年11月05日日曜日


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