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<まちかどエッセー・アサノ タケフミ>挫折無くして今は無し

[アサノタケフミさん]1983年生まれ。塩釜市出身。シンガー・ソングライター、ラジオパーソナリティー。高校3年生の時、NHKのど自慢多賀城市大会で優勝したのを機に、音楽活動を本格的に開始。塩釜市のコミュニティーFMベイウェーブで月〜金曜の毎日正午から、1時間の生放送番組「ラジカルト!」を担当。

 小学校低学年の頃、給食もそっちのけで箒(ほうき)をギター代わりに、校内放送の音楽に合わせて踊り歌う。みんなが笑って僕を見ている。快感だ。思えばステージデビューはそこから。しかし、年頃になると羞恥心が芽生え、「音楽が好き」という気持ちはすっかりどこかへ行ってしまい、スポーツ少年になっていた。
 中学時代はバスケットボール部に所属し、小さな体でボールを追いかける日々。運動神経には多少自信があった。プロのスポーツ選手になりたい! そんな夢まで抱いていた。靴底が擦り切れてしまうほど練習に励んだが、突然、持病の喘息(ぜんそく)が悪化し、ドクターストップがかかってしまった。
 「このまま続けると発作が治らなくなる。止めた方がいい」。お医者さんの言葉が少年の心に突き刺さり、目の前が真っ暗になった。人生初めての挫折である。
 ある日、落ち込んでいた僕を励まそうと友人がカラオケに誘ってくれた。音楽とは無縁の生活をしていたが、誘ってくれたことがうれしくて行ってみることに。歌っている友人は生き生きとしており、僕も暗い気持ちから解放されていった。
 次は自分の番。当時大流行していたGLAYのBELOVEDを選曲。照れながらも歌い終えると「うまいね!」と友人が飛びっ切りの笑顔で僕にそう言った。忘れていた大事なことを思い出した気がした。
 「もっと歌って、みんなの笑顔が見たい」。自分が注目を浴びることではなく、みんなを笑顔にすることが快感だったのだ。あの日、友人が誘ってくれたおかげで今も続いている。正直、お医者さんを憎んだこともあった。でも、止めてもらっていなければ、音楽を始めることはなかったと思う。心から感謝したい。
 あれから20年の月日が流れた。挫折から得られるものは人生に重要な役割を果たすことがあると、今だから言える。


2017年11月06日月曜日


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