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<杜の都のチャレン人>心静めて教訓伝える

海が間近に見える屋上で説明する高山さん。遺構公開の連絡先は022(355)8517

◎地元の震災遺構で案内役を務める 高山智行さん(34)

 冷静な面持ちで明瞭、丁寧に語る。「事実はあくまで事実として、主観が入らない説明を心掛けます」。東日本大震災の遺構として、4月末から一般公開されている旧荒浜小(仙台市若林区)で、4人いる市の嘱託職員の1人として週5日、案内役を務める。
 校舎の目の前が深沼海岸。津波は2階まで押し寄せた。児童や教職員、住民ら320人が屋上に避難し、全員助かった。爪痕が残る校舎を公開し、地震発生から津波の襲来、ヘリコプターによる救助までの経過を映像や写真で伝える。国内外から遺構を訪れる人は、公開後半年で延べ5万人に上る。
 一面の更地に校舎だけ、ぽつんと残る。旧荒浜小は昨年3月、百四十余年の歴史に幕を下ろした。「防災、減災を伝えるために遺構になりました。しかし、元々は学校。この地に暮らしていたほとんどの方の母校という側面があるのです」。荒浜で約190人が津波の犠牲になった。構内には震災前の街並みを再現した模型を展示。失われた日常が猛威を物語る。
 深沼海岸から西に1.5キロほど離れた所で生まれ育った。七郷小に通い、進学した七郷中で荒浜小出身の友人が増えた。自転車でたびたび海に向かい、海水浴も楽しんだ。四季の思い出は尽きない。
 友人たちと結成した「HOPE FOR project」は2012年から毎年3月11日、旧荒浜小で花の種の入った色とりどりの風船を空に放つ。四散した住民が年1回集まり、少しの時間であっても共に過ごそうと考えた。
 遺構への願いも同じ。いまだ現地に足を踏み入れられない元の住民もいる。「帰ってくる場所として校舎が残り、人がいてほしい。地元の人間として切に感じます」
 案内は一期一会。いつだって緊張する。教訓を「わがこと」として一つでも二つでも持ち帰ってもらいたい。「語ること、伝えることに慣れてはいけないと思うのです」(志)

<たかやま・ともゆき>83年仙台市生まれ。仙台育英高卒。会社勤務を経て17年4月から現職。地域活動団体「HOPE FOR project(ホープ・フォー・プロジェクト)」主宰。若林区在住。


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2017年11月11日土曜日


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