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政宗自筆の手紙発見 浅野長政の家臣へ日程調整のビジネス文書

政宗自筆の手紙を見詰める小野寺さん

 仙台藩祖伊達政宗が27歳の時に、豊臣秀吉の側近の家臣に宛てた自筆の手紙が見つかった。仙台市博物館が鑑定し、残存する政宗の手紙としては珍しい文禄年間のものと確認した。宮城県芸術協会設立に尽力した俳人の故杉村顕道さん(1904〜99年)が入手し、家族が仙台市青葉区の自宅で保管していた。
 宛先は豊臣五奉行の1人である浅野長政の家臣の八嶋久右衛門増行。浅野は政宗を秀吉に取り次ぎ、指南する役目で、八嶋はその窓口となる家臣だった。政宗が浅野を供応する日程の調整を依頼する、いわばビジネス文書だ。
 日付は12月10日。冒頭の「太閤様」(秀吉)の帰京に触れた文言と署名の形から文禄2(1593)年に書かれたことが分かる。
 同年に朝鮮出兵(文禄の役)が終わり、政宗は9月に帰陣。10月には秀吉に知行を返上する旨の不当な文書を浅野に書かされた。文禄5年には政宗が積年の不満を書き連ねた「絶縁状」を浅野に送り付けている。
 市博物館学芸企画室嘱託の明石治郎さんは「表面的には仲が良さそうだが、実際の2人は微妙な間柄だった。文面からはうかがえない複雑な背景がある」と話す。
 手紙は杉村さんの長女の小野寺栄さん(77)が55年前に結婚祝いで父から贈られた。「どこで入手したかは知らないが『本物だ』と言っていた。生誕450年の節目に内容もはっきりと分かり、政宗さんも父も驚いているはず」と喜ぶ。
 杉村さんは東京生まれ。教職の傍ら「彩雨」と号して俳句や小説を書き「伊達政宗の手紙」と題するミステリーも著した。1930年代に仙台市に転居し、県芸協のほか国見台病院(仙台市青葉区)を設立した。文人の直筆書状のコレクターとしても知られる。洋画家で仙台市名誉市民の故杉村惇さんは弟。
 小野寺さんは当面、手紙を公開する予定はないが、写真が2018年秋発行の市博物館の「市史せんだい」28号で紹介される。


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2017年11月15日水曜日


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