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<復興を生きる>悲しみ・希望 音に乗せ

遺族を代表してあいさつする石森さん

◎3・11大震災/シンガー・ソングライター石森文也さん=仙台市青葉区

 切なくて、優しい旋律が会場を包み込んだ。仙台市青葉区のシンガー・ソングライター石森文也さん(52)のオリジナル曲「空よ海よ風よ」が流れる。
 東松島市野蒜地区の東日本大震災復興祈念公園で5日、慰霊碑を除幕した式典。約600人の参列者が慰霊碑に花を手向け、静かに手を合わせる。
 石森さんが遺族を代表してあいさつした。「大切なものを失っても、古里の復興への希望を感じております」

 故郷の東松島市大曲浜に暮らしていた家族のうち、母親のみわ子さん=当時(71)=、兄の良一さん=同(49)=、おいの大晴(たいせい)ちゃん=同(2)=が津波で命を失った。義姉の由美さん=同(43)=は行方が分からない。
 歌が好きだった母の影響もあり、石森さんは21歳でプロ歌手としてデビュー。オールディーズやグループサウンズを愛唱し、主に東北各地で活動してきた。
 2010年秋、青葉区の勾当台公園でのライブが忘れられない。観客席にいた大晴ちゃんが笑いながら、小さな人さし指をステージの自分へ向けていた。
 亡くなった家族の後を追おうと何度も思い詰めた。高速道路に車を走らせながら考えた。「ハンドルを切って下へ落ち、死んだ方が楽なんじゃないか」。われに返ると、大量の汗をかいていた。

 絶望の淵から救い出してくれたのが音楽だった。デビュー当時からの親しい仲間がギターを携え、たびたび石森さん宅を訪れた。「元気か? あまり考えすぎんなよ。お前は音楽しかできないだろ」
 この悲しみや未来への希望を音楽で残そう−。石森さんは生まれ育った大曲浜、良一さんや由美さんとよく釣りに行った野蒜の海を見て、「空よ海よ風よ」の歌詞をつづった。
 <あの夜降り注いだ星空はあなたが空で舞う姿 遠く聞こえる潮騒はあなたの声に似て>
 <いくら叫んでも あの日の朝はもう戻らない>
 <強く生きろと後を押す 波の音が聞こえる>
 旧知のピアニストが作曲し、収録に立ち会った。本来の声が出せず悩む石森さんにピアニストが諭した。「格好を付けるな。一言一言、命を懸けて歌え」
 石森さんが思いの丈を込めて歌い上げたCDは13年2月に発売された。14年1月には東松島市内のコンサートで熱唱した。
 復興祈念公園の慰霊碑には、1099人の犠牲者の名前が刻まれている。感じたことを歌にしていこうと思う。
 あの日から6年8カ月。自分の歌を聴いた人が、少しでも穏やかな気持ちになってくれたらうれしい。
(石巻総局・水野良将)


2017年11月17日金曜日


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