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激励、感想 「がんばろう!石巻」看板そばのノートに7000件超

現在の看板は2代目で、最初の場所から100メートルほど海側に移設された=2016年4月
被災地を訪れた国内外の多くの人々が感想を書いたノートを読み返す黒沢さん

 東日本大震災で被災した石巻市門脇・南浜地区に設置された「がんばろう!石巻」看板のそばに、訪問者の思いをつづるノートが置かれている。2012年夏の1冊目からこれまで28冊を数え、記入されたメッセージは7000件を超す。津波被害の爪痕を見た感想や被災者への激励が記され、被災地に足を運んだ人々の気持ちを定点で記録する貴重な資料になりそうだ。
 ノートはA5判100ページで、1冊当たり100〜390件のメッセージがあった。来訪者は全国47都道府県に及ぶほか、台湾や米国、タイ、ブラジル、ドイツ、オーストラリアなどの国・地域名が書かれていた。
 管理するのは、震災直後の11年4月に看板を設置した市内の配管工事業黒沢健一さん(46)。12年夏に七夕飾りを設置した際、被災地で感じた思いを短冊に書く人が多く、「被災地を目の当たりにして何かを伝えたくなるのかもしれない」と同年8月17日に1冊目を置いた。
 当時は解体前の被災家屋が残り、至る所に壊れた生活用品が散乱していた時期。「この光景を見て言葉を失います」「前の町並みに戻りますように」などの書き込みがあり、ノートが更新されると「少しずつでありますが復興しているのだと感じました」というコメントも増えた。
 他には「また来ました」と何度も訪問して復興の進み具合を確かめたり、「私は悲しんでいる人を励ます人になります」と自らの決意を残したりする人も多い。「ずっとずっと大好きだよ!」と津波で亡くなった家族にメッセージを送る遺族もいた。
 看板がある門脇・南浜地区は復興祈念公園が20年度までに整備され、宮城県内で唯一の国立追悼施設ができる。黒沢さんは看板とともにノートを残し、震災の風化を防ぎ、次世代の減災・防災に役立ててもらう考えだ。
 黒沢さんは「看板は亡くなった人に思いをはせる場であり、震災を感じられる場。いろんな人が来て感じたことをノートにつづっている。やり始めた責任として、今後もノートを置き続けたい」と話す。

◎言葉 46テーマに分類/東北大研究所が共同調査

 石巻市の「がんばろう!石巻」看板そばに置かれたノートについて、東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授が設置者の黒沢健一さんと共同で調査をしている。
 調査ではメッセージを一つ一つデータ化し、どんな言葉が多いのかを分析した。その結果、現地を訪れた感想や激励、看板近くで咲いたヒマワリの話題、黒沢さんへのメッセージなど46のテーマに分類できたという。
 着手したのは今年8月ごろ。ノートの内容を客観的に調べるのが目的で、今後は震災からの時間の経過とともにメッセージがどのように変遷したのかどうかも分析する。
 佐藤准教授は「書く人は市内よりも市外の人の方が多く、外から見た石巻の姿がメッセージから見て取れる。ずっと書かれ続けている内容もあれば、周囲の風景の変化に合わせて減った言葉もある。さらに詳しく調べて、言葉の変遷が分かるようにしたい」と話す。


2017年11月19日日曜日


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