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<あなたに伝えたい>もう少し一杯やりたかった

源四郎さんの写真を懐かしそうに眺める正成さん=石巻市

◎家庭菜園や釣りなど多趣味だった父/伊藤正成さん(石巻市)源四郎さんへ

 伊藤源四郎さん=当時(88)= 妻あき子さん(94)との間に次男正成さん(63)ら3人の子に恵まれた。東日本大震災時は石巻市南浜町の自宅で、長男夫婦と4人暮らし。あき子さんを近所の車で避難させ、自身はバイクで逃げる途中、津波に巻き込まれた。

 正成さん 家庭菜園や釣りが趣味で、じっとしていることがない人でした。膝は少し悪かったけど、丈夫で元気いっぱい。115歳まで生きると本人も周りも言っていました。
 納屋が居場所で明るいうちは釣った魚をおろしたり、サンマの丸干しを作ったり、友達と集まって談笑したり。冬でもストーブを置いて作業していました。人のために尽くすのが身上で、魚や野菜は親類や近所の方に配っていました。
 あの日。病院から退院した私は石巻市向陽町の自宅に帰る途中、実家に寄りました。その時も父は庭の畑にビニールを掛ける作業をしていました。「お見舞い代わり」と言って妻に小遣いをくれました。
 葬式の時、「お父さんのおかげで助かった」と何人もの人に感謝されました。「津波が来る。逃げろ」と近所に声を掛けたようです。自分は足代わりだったバイクを置いていけなかったのでしょう。2011年8月、門脇小近くで遺体が見つかりました。
 戦時中は海軍航空隊の整備兵でした。終戦後、近海トロール船や北転船に乗りました。おやじの背中を見て、自分も若い頃、船に乗りました。
 日本酒と相撲が大好きでしたね。本場所中は作業を早めに切り上げ、お酒を飲みながら星取表を付けて観戦していました。
 私たちと年2回、温泉に行くのも楽しみにしていました。おやじ、もう少し一緒にお酒を飲みたかったな。頼りになる父でした。


2017年11月19日日曜日


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