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<あなたに伝えたい>お前を忘れた日一度もない

震災後に書き始めた日記を見てこれまでを振り返る芳治さん=福島市

◎昔から本当に働き者だった妻へ/安斉芳治さん(福島市)正子さんへ

 安斉正子さん=当時(65)= 夫芳治さん(74)との間に1男、2女に恵まれた。東日本大震災発生時は福島県浪江町両竹の自宅で芳治さん、長男と3人で暮らしていた。自宅で津波に襲われたとみられる。

 芳治さん 震災後に生まれた3人目の孫がもう3歳。先日、七五三のお祝いをしたよ。俺は去年の冬に仮設住宅を出て、福島市のマンションに移った。ついのすみかだ。これまでの6年は、なんだかあっという間だったな。
 「家じゅうがめちゃくちゃになった。とにかく早く帰って来て」。地震直後、半分泣きながらかけてきた電話が最後になった。俺は郡山市に出掛けていて一緒にいてやれなかった。
 道路が混んでいて、自宅近くの国道6号に着いた時にはもう暗くなっていた。辺りはヘドロやがれきだらけ。避難所だった神社まで何とか歩いて行ったけど、お前はいなかった。原発事故が起きて町から避難し、捜すことができなかった。遺体を確認したのは3カ月後だった。
 昔から本当に働き者だった。子育てしながら地元の電機工場に勤め、休みの日には田植えや稲刈りも手伝ってくれた。民生委員もしていた。長男が結婚したら、日本全国あちこちをゆっくり旅行しようと言っていたのに。かなわず残念だ。
 最近はゴルフなどの予定を入れて毎日忙しくしているよ。残された方も大変なんだ。十三回忌まで元気でいなきゃと思って。お前が先に逝ってしまったことは運命だと言い聞かせ、前向きに生きている。
 お前を忘れた日は一度もない。どこに出掛けても無事に家に帰って来られるのは「見守ってくれているからかな」なんて思ってるんだ。(日曜日掲載)


2017年11月26日日曜日


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