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<この人このまち>棚田再生 地域の活力に

稲村和之(いなむら・かずゆき)1953年山形県山辺町生まれ。山形工高卒業後、全農山形県本部管理部長、子会社の食品会社「山形食品」社長などを歴任。2011年にグループ農夫の会設立。15年に代表を妻の和子さん(60)から引き継ぐ。棚田を開拓した稲村家の14代目六右衛門に当たる。

 「日本の棚田百選」の一つ、山形県山辺町の大蕨(おおわらび)棚田の再生に取り組む「グループ農夫の会」は、コメ作りに加え、棚田での多彩なイベントで交流人口の拡大を目指している。7年目となる今年の作付面積は、当初の5倍以上の2.25ヘクタールだった。代表の稲村和之さん(64)=山形市=は「棚田再生が地域の再生につながる」と確信している。(山形総局・宮崎伸一)

◎グループ農夫の会代表 稲村和之さん(64)

 −今年のコメの出来はどうですか。
 「稲をくいに掛けて天日干しにする10月上旬の天候が悪く心配しましたが、最後の数日はよく晴れて素晴らしいコメができました」

 −棚田の再生に取り組んだきっかけは。
 「農協職員だった1998年、棚田の麓にある実家の一角にそば屋を開きました。客は『風景もごちそう』と喜んでくれていましたが、徐々に耕作放棄地が増えて『寂しくなった』と言われるようになりました。先祖が開発した棚田が、このままでは自然にのみ込まれてしまう。そんな危機感を抱きました」

 −地域では高齢化が進んでいます。
 「確かに地域のマンパワーだけでは足りません。2011年、地元生産者の『中地区有志の会』とボランティア団体『グループ農夫の会』を設立しました。日頃の水田管理は有志の会が担い、田植えや稲刈りといった繁忙期にはボランティアが手伝う。役割を分担することで地元生産者の負担が減り、円滑な運営ができています」

 −活動資金はどうしていますか。
 「農夫の会の年会費のほか、収穫したコメを販売した収益を運営資金にしています。棚田再生は息の長い取り組みになるので補助金には頼らず『独立独歩』をモットーにしています」
 「サッカーJ2のモンテディオ山形などと協定を結んでおり、選手が作業に参加することもあります。収穫祭のほか、雪中サッカー大会や創作ダンスイベントなども企画して交流人口の拡大に努めています」

 −今後の目標は。
 「一番上の棚田までよみがえらせることです。全体の面積は約3.4ヘクタールあるので、今は7合目あたり。てっぺんを目指します」
 「棚田の再生とともに、地区全体がきれいになってきました。地区外からのお客さんが増えることで、住民は地区の清掃・整備活動を積極的に行うようになりました。棚田の再生が少しでも地域の力になっているのであれば、これ以上の喜びはありません」


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2017年11月27日月曜日


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